BBC放送が感染症医岩田医師を取材、衝撃のプリンセス号下船開始

BBCが岩田医師を取材、

驚くBBC記者、

衝撃の下船のリスク、

恐怖する日本国民、

これが取材映像だ👉

https://www.bbc.com/japanese/video-51556982

 

戦後日本の自画像かー新型コロナのパンデミックから見えるもの

まず政府の対策委員会に顔ほそろえているのは、青山繁晴など排外主義ナショナリストばかりである。

冒頭に忠告するのは、国防と国民防衛は似て非なるものだということだ。

医学的合理性だけで鎮圧しなければならないにも拘わらず、どういう了見で人選をしているのか全く理解できない。

日本人のどこか痴呆性と醜悪な性格が、
この新型ウィルスのパンデミツクを招いている。
この程度の事は、一月中旬で水際と検査キッドの増産供給をしていれば、かなり冷静に対処できたはずだ。

それをほとんどネットのSNSを使って集中的に発信してきた。

日本人が、戦後「国防」「国民保護」にほとんど米国任せ、ナショナリズムの観点をもたなければ正確に論じられない問題は、さけて通るか、理念的否定で実体を無視してきたことが、身体的反応のレベルで決定的欠陥になってしまったように思う。

第一次大戦に観戦武官を送りながら、人類史初の総力戦の悲惨を何も国家的学習としなかった。
国民防衛を考慮しないまま日中戦争に突入。この安易さ。

チェルノブイリ事故の悲惨をほとんど国家的学習に高めることをせず、原発事故を招いた。
その後もまったく学ばなかった。
ドイツなどヨーロッパ諸国は、チェルノブイリの危機にさらされたため、学習しており、一気にフクシマ後原発を停止。

サーズ、マーズ、エボラ出血熱も、酷い感染症であったはずだ。
たまたま日本ではパンデミツクになる前に、国家間距離のためピークが過ぎて国民の命の危機は軽症ですんだ。
これはたまたまであって、パンデミツクの条件はほとんど変わるものではなかったはずだ。
その知見を国家的学習となしえなかった。

すべてナショナリズムに係わる問題である。

今回特にその欠陥が鮮明になったのは、
無能の右翼安倍官邸と、野党並びにリベラル派であったことが深刻である。根拠のない「日本すごい」の安倍右翼、ナショナリズムに定見をもたないリベラル派が同期してしまった点だ。

むしろナショナリストたちが、中国発症のため嫌中の意図からしきりに防衛の発信をしていたことだ。

グローバル化が、資本の国境破壊をしたように見えても、厳然と国家も相即的な国民も存在し、国民の、自国民の優先的救済が当然であるという考えには権利がある。

吉本が、原発事故で、「科学は科学で、倫理をもちころな」と箴言をのこしたが、
「医学は医学で、イデオロギーを持ちこむな」というべきだろう。
医学的合理性を無視した安倍官邸と厚労省、これもこの政権の棄民政治として記録される犯罪であろう。

戦後日本人の陥穽を突いた新型ウィルス、
日本人の自画像を浮かび上がらせている。

なお、厚労省の役人が指揮っていることが明らかになり、

その一端が以下の感染症専門医の告発である。


ダイヤモンド・プリンセスはCOVID-19製造機。なぜ船に入って一日で追い出されたのか。

小林哲夫著『高校紛争』の歴史的体験の刻印は、貴重な証言として再考されるべきだ。

林哲夫著『高校紛争』読了。

少し勘違いしていたのは、
私が大学で活動していた時期に、高校生として闘争に立ち上がっていた人たちの高校生政治学園闘争だった。
従って、登場する高校生たちは私より2〜4歳下になる。
私と同時期に高校闘争をしてい頃の人達の記録もあるが、65年はまだやはり少なかったというべきか、田舎では連携するまでなかなかいかず、
都会のモダンボーイで進学校の生徒に限られていた傾向がある。

私のように田舎にいると、まったく横の情報は入らなかったし、そもそも闘争という学校封鎖やデモなど思いもつかなかった。

田舎では話の分かる教師とタックを組まないと、両者ともに潰されるだけで、教師をつるし上げれば即自分達の居場所がなくなる事態になった。

実際、労組教員は、校長との緩衝材になってくれて、退学処分の撤回闘争を共に戦ってくれた。

また、自主講座を組んでくれて、学校が終わると、教師の下宿先に集まって勉強会をやった。
初めて思想に触れたのは、丸山眞男の『日本の思想』。

ベトナム反戦運動をしていたのは私と三四人だけ。
新聞部の二人が部室を封鎖して、なんか教師と対立した。未だに何が原因だったか分からないくらい、校内でもバラバラだった。

この二人の退学処分を巡って、職員会議は紛糾した。大方は退学処分派だったが、私たちとタックを組んでいた教師たちががんはって撤回を主張。

何年かして知ったが、物静かで得体のしれない教師が、退学処分取り消しの主張を、延々と30分ぶち上げ、撤回を通してしまったとのことだ。

かれは東大出の、戦前は満鉄調査部にいて、アララギ派歌人であったことも知る。公職追放になり、復帰して田舎教師となった経歴の持ち主であった。彼には校長も一目置いていたとのこと。

封鎖したり、校舎占拠したり、デモしたりすることが闘争だとすると、私たちのは闘争にくくられないのかもしれない。
しかし間違いなく、同じような高校生らしい自我の目覚めと、感性的苦痛の解放に根ざしていた。

わたしは、教師とも連帯する闘争が望ましいと考えていたし、教師と生徒の差異、自由と身勝手を混同しないこと、これらの基本原則にはかなり論議したように思う。
そういう生徒の感性的苦痛と解放、勉強の位置づけなどは、教師との知的協働作業でしか解決しないと思っていた。
事実そうした。

だが、ベトナム反戦誌がNHK教育テレビの眼にとまって、特集を組むと取材申し込みがきたとき、学校側は何の説明もなく、政治活動と見做して、禁圧した。
闘争の手法も学内で支持があるのかもわからないから、沈黙せざるをえなかった。
虚脱感で、3年生の一年間はひたすら籠って司法試験の勉強に取組んだ。もう自分の目的に邁進しようと思った。
そのころも、鶴見俊輔小田実に傾倒していたからべ平連的であって、マルクス主義者ではなかった。
そして大学に入っても、党派の理論は幼稚過ぎて何の関心もなく、いきなり吉本隆明に浸った。
もちろんマルクスの主要著作は勉強会を組織して独学で理解した(つもりになった(笑))。

なるほどと感心した。

 

しかし少し『高校紛争』に登場する活動家たちとどうも違うなと思うのは、闘争の入り方にあったように思う。

1963年「60年安保闘争」のまだ余韻と敗北感と左翼の混迷の時期、

私は 中2、テスト成績公表阻止闘争を組む。
これは、中2の一学期いきなりテスト結果の成績順位を張り出して100番まで公表し始めた。
私は、生徒会長に立候補してトップ当選。
公約に沿って、アンケート調査を実施、93%が反対であったため、学校側に要望書を提出。
おそらく拒否されるだろう、その時は全校集会をしようと準備していた。
ところが、しばらくしてあっさり学校側は要望を呑んで、張り出しを一回だけで終了してしまった。
このときも、生徒指導主事がたまたま剣道部の顧問であり、信頼関係があり、担任も国語の教師も私に親和的で、励ましてくれた。
学校は、教師と生徒で共同作業でつくるものだという成功体験が私の中に根付いた。
革命を目指さない限り、改良闘争としては正解だったようだ。

そういう点では、いい教師が当時はまだまだ沢山いたように思う。
いまでも、私は、各階層で、それぞれの立場で、自分たちの課題をほりつづけ、それぞれの生活過程の必然によって闘争はあるものだと思っている。
だから、私には闘争を止めたとか、足を洗ったとかいう概念がない。
地味だか、「永続闘争」を生きてきたように思う。

林哲夫などの取材からは零れ落ちているが、確実に高校生の闘争はまだまだあったはずだ。

しかし残念だが、そうしたヴァナキュラーの経験も声も「反体制的権力」(出版権力)によって掻き消されていく。体系化する場合の功罪といっていいだろう。

フェースブックより転載)

本当の思想的、抒情的、とは『ジョジョ・ラビット』(タイカ・ワイティティ監督)のことだ!

佐藤清文さんに教えてもらったので、『ジョジョ・ラビット』を観た。

素晴らしい映画だ!
ここ10年で最も出来のいい、コメディー仕立ての思想的映画だと言える。小生の好みの作品である。

内容は下手な解説より予告もあるので、ここでは省く。

主人公ジョジョ役のローマン・グリフィン・デイビスがムチャクチャ可愛く、しかも絶妙な演技力を発揮しているのには驚いた。
数ある子役でもピカイチではないか。

その母親役のローシー・スカーレット・ヨハーンもいつものように名演技、息子との掛け合いに金言続出、
反ナチ抵抗地下組織の一員で、広場で括られて息子が脚に取りすがって泣くシーンは、パロディを超えていた。

脚本・監督兼ヒトラー役の、タイカ・ワイティティの作品は初めてだが、実に上手い、
悲劇の時代をコメディタッチにして、しかもズシッと胸に落ちて、深く考えさせられた。

本当の抒情とはこういうものなのだろう。

新型コロナウィルスの治療に当たっている押谷医師の見識に感動する!

twitterでは、ほとんど新型コロナウィルスに集中しているので、ブログには書く機会を逃していた。
 
今回武漢帰国者や国内発症者の治療の最前線で活躍している押谷医師の話を感動をもって聞いた。
新型コロナに臨床で唯一指揮を執って奮闘している押谷医師は、小生とまったく同じことを述べていたのである。
わざわざこのことを記録しておこうと思ったのは、
リベラル派は、ほとんどが「大げさ」とか「マスクは効果ない」とか「報道はやりすぎ」などと批判的だからだ。
 
それらには一つ一つ批判を書いてきたが、医師の方からこの感染拡大を甘く見て、大したことはない、軽症ですみそうだ、という意見も出始めたからだ。
 
この感染症はさほど心配する必要はない、軽症で済むなどという人がいるが、
それは全く間違っている。
感染拡大すれば、必ず重症化する人は出てくる、一人の命も失ってはいけないというのが医療なのだ。
致死率が2%だということは、患者一人一人には何も意味をなさない。
 
分からないことがまだ多いが、分かってきたこともある。
 
ある段階で、劇的に治療法が見えてくることもある。
それまでは、一人も死者をださない予防と治療が大切なのである。
 

 

わたしは見事な専門医の思想だと思う。
 
吉本隆明は、原発問題で、
科学は科学で、倫理を持ち込むなと述べた。
 
彼に倣うなら、
医学は医学で、イデオロギーを持ち込むな、と言うべきだろう。
 

◆立民党京都の選択を「あえて」擁護する◆

◆立民党京都の選択を「あえて」擁護する◆
 さして社会変革への実践活動もやらず、
知的に上昇した挙句、
相変わらず共産党に「民主」の幻想を抱く知識人たち。
 大学やマスコミの権威の安全地帯で、ぬくぬくと研究をし、
政治や労働現場の実情をしらず、
携わる人間の苦痛も苦悩も、脱色して(文学無し)
欠陥選挙制度に合わせて、ただ統一戦線を張れと批判する。
 そんなもの、歴史をみれば、上手くいった験しの方が少ないのだ。
特殊ロシア革命を普遍的なものにして、自壊した世界の左翼の間違いを何も学んでいない。
 
本気で野党共闘をするなら、
野党第一党に無条件で合流するというルール以外にないではないか。
野党第一党がどのような政策をとろうが、
政権交代を目的化するなら、他のことは一旦凍結するしかないのだ。
そういう単純明快さが、選挙には必要なのが、表象が支配する社会の選挙なのではないのか。
 それを、弱小野党が条件出し合って「戦線統一」の正当性をもつ野党第一党の足を引っ張る、
知識人ソフトスターリニストたちも批判する。
 個々の政策や、戦術を考慮するなら、そもそも野党統一戦線など意味をもたない。
理路からすけば、政権交代だけが当面の目的という、前提と矛盾してしまうからである。
 野党統一戦線は、個別にゴチャゴチャ言うことは止めて、条件停止して、一本化するということに他ならないからである。
 
もしその正当性が野党第一党にないというなら、
野党各党でまず予備選挙でもして、どこの政党にイニシアチブを持たせるか、民意はそこから始めるべきだろう。
 知識人ソフトスターリニストたちはそれを言わない。
 
Facebookより転載)

予測通り、悪のもとは関西から!未知ウィルス感染者が出た!

予想した通り、奈良のバス運転手が未知コロナウィルスに感染していることが発表された。

わたしは一週間前から、そう、中国政府が団体旅行の出国禁止を発表する前に、すでに必ず大阪(関空、伊丹があるため)から広がると発信していた。

 

何度も言うが、関西人は何事につけても適当で責任感が希薄な性格であるためだ。面白ければいいと思い込んでいる。

 

その段階で、早々と中国人観光客の個人ビザは一時停止し、武漢からの観光客は速やかに退去してもらうことを提言した。

昨日の羽鳥モーニングショーでは、マスコミでは極めて対策への明確な指針を玉川君あたりも口にし始めていた。

極めて妥当な筆者と同じ案を述べていたことは特筆に値する。

似非リベラルの青木理などは、素人なので解らないと逃げて、踏み込んだ対策は全く口にしない。明らかに中国人と接触しないことが、唯一最大の防御方法なのだが、それを言うと自分の人権派言論支持者からそっぽを向かれる、或いは人権派としての言論ポジションを失うことを怖れている様がなんとなく感じられるのだった。彼らの限界が垣間見えた瞬間である。

奈良のバスの運転手は、症状が出て第一回目の病院診断から一週間もたって重症化してからやっと入院措置が取られた。

そして本日濃厚接触者が一名入院されて夕方には陽性かどうかが判明するという。(その後、陽性判明、中国人バスガイド40歳代)

神奈川県知事のあの原発と同様な、危険対処の説明ではなく、未知なるウィルスにも拘わらず、最大限の注意を呼びかけずに、「冷静に」=「お上の言う通りにしろ」という中国や日本の政治体質が、一気にサーズを超える6000人を生み出し、日本の「人to人」感染をあっという間に広げつつある。

 

日本は、感染症が発症してからの法律はあるが、予防と阻止のための法も体制もまったくない。

ここに日本人の軍事的歪さと同様なノーテンキさが垣間見られる。

わたしのような素人でも、未知のウィルスだと発表があった直後から、容易ならぬ事態に陥るだろう、ウィルスの変位と「人to人」感染はさけられないだろうと判断した。

従って、早めに中国との航空船舶は、一時的に停止すべきだと発信してきたわけだが、未だに個人旅行者に大量にビザ発給し続けている。

人の懐を当てにするインバウンドの見直し、新規産業をIRのような他国頼みの経済政策に警鐘を鳴らしている。

オリンピックまでぐんぐん景気は落ち込み、そのまた半年先はオリンピックの終了からくる景気減速に、日本は予想以上の混乱に陥ることを予期しておくことである。

なお、吉村知事は、いかにも未知ウィルス対策をとったようなことを発表し、

「症状が出たら」の相談窓口を設けたと電話番号を示した。

後でTVの報道を見てひっくり返った。

受付が、9時から18時までではないか。

発熱、咳、悪寒などの症状は、深夜発症する方が多いのではないのか。

この危急の折に、役所仕事とはこのことではないか、24時間体制の受付がなぜできないのだ。

吉村維新の会政治の、稚拙勝手さ、府民無視がよく解る愚劣対応で、腹立たしい。