三島由紀夫の本当の目的はこれだった! ―歴史の真実は半世紀かかる。

三島由紀夫は、最終的に皇居突入により、昭和天皇の誅殺を計画していたーということが真実のようだ。

鈴木宏三の緻密な論証は、推理として仮説だと断っているが、ほぼ間違いないものと思える。
三島の思想を深奥で理解できている者であれば、ほとんど同意できるはずだ。
従来から、なぜ自衛隊突入などという茶番をなぜ演じたのか、その懐疑はもてたはずである。

憲法改正でも、自衛隊員の決起を促すことでもなかった。

1969年10.21国際反戦デーに照準を合わせ、自衛隊の治安出動を唯一の機会として待望し、楯の会を設立した。

その治安出動がなかった挫折の結果が、むりやりのどうでもよい自衛隊突入であった。

殆どの後日評論は、周辺者も含めて、死への誘惑を語ったことが単純に自衛隊突入割腹自刃に結び付けているため、三島の韜晦に騙され、ごく少数者に語った「仮の話」としての天皇殺害の願望は無視されている。
そりゃあ、文学者が語れば、しかもある時一二度であれば、誰も文学上の構想案ぐらいにしか思わないだろう。

しかし、鈴木宏三は見抜いている。
緻密に膨大な証言と、関係者の証言を渉猟して、間違いない天皇殺害計画であることを論証した。

信じるに足る論証だろう。

三島の願望を実現してやるには、10.21国際反戦デーをもっと組織的に、緻密に戦術をたてて、皇居突入を実現させることだった。
新宿の騒乱状態で鎮火された無残さは、慚愧に耐ええない。
当時も左翼は共闘ができない、非政治的欠陥集団であった。

皇居突入によって、楯の会は隊員たちは三島の目的を知らぬまま極左の入城阻止だと思ったら、三島は極左とともに天皇誅殺に呼応を呼びかけただろう。
ここで東大全共闘との討論で、「天皇」に賭けるといってくれれば共闘できるとラブコールを送った夢は実現したはずだ。

三島の天皇は、ゾレンとしての天皇であって、ザインとしての天皇は唾棄すべき存在と考えていたことは言うを待たない。

同時に驚いたのは、鈴木宏三(山形大教授)はあの鈴木邦夫氏の実弟らしい。

半世紀を経て、また新たに歴史を識った。

(鈴木宏三『三島由紀夫幻の皇居突入計画』彩流社2013年5月20日)