現在の日韓の亀裂は、「過去」を結節点にしたナショナリズムの応酬である点を前提にしている。
そういう意味で、安倍・ムンはともに政治的ロマン主義であり、きっかけはどちらがどうであっても、リアリズムの政治家ならここまで亀裂は深くなることはなかっただろう。
それは多くの識者が分析しているので、譲るとしよう。
それより政治の仕掛けたナショナリズムに対する、両国民の冷静さ、対処について、気になる点を指摘しておく。
日本の左翼原理主義、ソフトスターリニズムは、このような韓国のナショナリズム(文末にURLを引用)には沈黙してきた。
日本の植民地化が招いた結果だから、
発言すべき資格がない、
という理屈だ。
小生は、ダメなものはダメでしょうと面と向かっても書き物でも言ってきた。
日本人なんか偉い奴は一人もいない、と言われたから、
ほー、それはお前の無知にすぎない。
韓国国民栄誉賞の第一回光復賞は誰だ?
沈黙だ、お粗末な連中だ。
望月カズを知らないのだ。*1
青瓦台の授賞式当日、出席の姿をみて、政府職員は言った。
下駄は止めてください。
すずは、貧しくこの下駄しかない、ダメなら帰ると言った。
日本の下駄は、韓国民が卑下する四つ足動物の象徴で、
日本人を侮蔑するときにあげつらう象徴的な履物なのだ。
さて、
日本だけではなく、韓国も商品だけでなく日本人排斥運動が起こっている。
いくら日本の植民地化の被害者だとしても、
現在その責任の当事者でない世代に、
民族が違うと言うだけで、排斥していいものか。
政治の生み出す差別排外主義こそ撃たれねばならないのではないか。
こういえば、左翼原理主義は、日本が悪いのだから相手に言うべきでないと言う。
仮に日本が悪いとして、その場合は他国の邦人差別や虐待は放置してよいのだろうか。
ユダヤ人はナチスの被害者だから、
パレスチナの虐殺は許される、
などというなら、
アーレントが嗤うだろう。
「TWICEサナに手をだすな!」ー日本人排斥が押し寄せる韓国ー
(Facebookより転載)