■望月至高『馬並めて』六曜(むよう)19号(2010,6,10発行)

    馬並めて

2010年4月17・18日立山に遊ぶ

馬並めて立山に入る木の芽晴

わずかばかりの高さを競い山開く

残雪や青空さらに青さ増し

雪解川底に太古の日が射して

鳥を追う鳥はるかなり斑雪山

疵のごと谿深くあり雪の果て

絶壁の巾を広げて春の虹

雪舐めて太古を思うダムの青

雪嶺のかくも気高き終生を

日本語より中国語ふえ花粉症

春雨や手さぐりでゆく寂光土

還るあの桜吹雪の少年期

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【「自選集」佳句逍遥】

座薬差すあかつきに散る桜かな      大道寺将司
きっかけは「病牀六尺」地虫出づ

発心の突っ切ってゆく雪野原       大城戸晴美
雛納め無冠の者は逆さまに

ふらここのあとひとこぎで鳥となる    玉石宗夫

指きりの指を大事に卒業す        河村 勲

春愁や焦らして鯉に餌をやり       喜多より子

わけありと記され林檎運ばるる      芝野和子

 一月十七日歌手浅川マキ死去       
赤い橋の向こうで春を歌うマキ      綿原芳美

団栗の青き地球を叩く音         佐藤富美子

鉛筆は耳にあずけて花見かな       長尾房子

風花や人の齢の佇めり          西 順子

階段を昇る倖せ春深し          石川日出子

逆剥けに血の滲み出す建国日       出口善子
春疾風真夜の四隅軋ませて

【寸評】
大道寺氏は病気治療中であろうか。気がかりである。囚われ人を暗示させない句がよい。

大城戸さんは、相変わらず巧者である。心象を具象的な表現にではなく、「表出」となっている。理論的裏づけのある人であることが解る。

玉石氏の俳句的表現力が明らかに上がっている。かつてのような川柳に限りなく近いような、ウィットに富んだ批評性が影をひそめ、詩になってきた。

綿原氏の浅川マキ追悼句は、同時代人として感慨深い。赤い橋は、作品名であるのでやはり括弧でくくる方が佳かったと思うがどうだろう。

石川さんの階段を昇る変哲もない日常行為に、しみじみとした喜びを感じている様があっさりと詠まれている。ベテランならではの枯淡の一句。

出口さんのこの二句は、やはり六林男門のひとだと感じさせる。キチット詠みきったときの強い俳句は面目躍如である。