■坂間恒子、句集「硯区」(文学の森,平成22年10月22日発行)を読む

以下は坂間恒子氏からの第3句集「硯区(すずりく)」ご恵送に対する礼状として書かれた私信である。
本来公にするようなものではないが、坂間氏の秀逸な句集が、世人の眼に触れることを期待して、敢えて掲載する。
   *      *

 一気に寒気到来となりました。
洒落た句集「硯区」をご恵送賜り、御礼申し上げます。
坂間さんのことは存じ上げないのですが、跋を大井恒行さんが書かれているのをみまして、急に親しみを感じました。というのも小生の句集の栞文に小論を寄せてくださったのも大井さんだったからです。
 しかし、さすがに他流派にいた私の俳句への切り込み方と違って、坂間さんは大井さんにとっては熟知した兄妹みたいなもので、深く明晰に作品世界を剔抉しているように想われました。はるかに円熟した批評文です。従って小生としては、自分の作品の劣性を棚に上げて、少なからぬ嫉妬を感じる次第です。
(中略)
さっそうと春の丘から霊柩車
カレンダーの裏は真っ白木の芽風
草青むゴムのタイヤが宙ぶらりん
炎天の静まっている台秤
彼が拾い彼が手渡す病葉
はなびらは入水の後を競いけり
薄暑かな皮引き剥いて小骨抜く
筍のずかずかとくる土曜日
夏の星壺中の水は甘くなる
銀杏の実夥しきはアジア系
三本の白樺月光招き入れ
琺瑯のポットを磨く精神科
鴻池家伝来の油照り
白蚊帳に眠れる桃山時代かな
内側を濡らさぬように蛍袋
破蓮心音をきく高さかな
石室へさくら濃くして隠しけり
青梅雨を抜け刃物屋の前に立つ
臥せられて梅雨の重たさ和鏡
富士雪解たった一人の自衛官
白牛に触った後の合歓の花
戦争は牛乳瓶の色変える
ひぐらしや日に幾たびか家出する
幕ざ末はこだましている烏瓜
万歳のうしろにまわる冬霧

など心にとまりました。

なかでも、

はなびらは入水の後を競いけり
は秀逸です。桜のもつ伝統的な死の潔さと儚さへのイメージを先行させて、眼前の入水
と競っている。幻想とリアリズムの交差、あるいは即物性としての人生終焉に対して、物語性を伴わずにはおかない人間の性とでもいうものを、ありありと顕現させている。


内側を濡らさぬように蛍袋
がありますが、その匂いたつエロティシズムは、ある懐かしい「むかし」を胚胎させている。
「内側」、「濡らす」、「蛍袋」、少し含意の重い語が入りすぎているきらいはありますが、蛍袋であるから、内側を濡らしてはいけない、しかし敢えて「濡らさぬように」と置くことで、いつもは濡らしていることを喚起させる。ぬらぬらと濡れた内側を通って、人間はこの世の生を得た。だが蛍となって僅かな生を生きて後、光費えるときは内側は濡れていることはない。濡れていてはいけないのである。昔の人は「枯れる」という知恵を編み出し、類としての継続性を獲得したのである。そのことをこの句によってわたしたちは生死の瞬間に立ち会い、「いのち」を繋ぐ不思議さを垣間見るのである。


戦争は牛乳瓶の色変える
いままで戦争を詠んだ句は多いが、牛乳瓶の色が変わることを発見した人はまれである。これはリアリズムとしても、確かに爆弾や火器の高温で焼かれる町や肉体は灰に帰し、ガラスはどろどろに溶ける。たまたま残った牛乳瓶は変色し変形されているだろう。しかしそれだけでは、当たり前なのだ。作品としての優秀さは、どこにあるのだ。それは「牛乳瓶」という日常的に転がってるモノに託し、戦争がいつもに日常のなかに胚胎されていることを象徴化できている点にあるといえる。戦争とは、わたしたちのありふれた生活のなかに、がん細胞のように準備されているものなのだ。これほどリアリティのある「戦争俳句」を識らない。

他にも、「幕末はこだましている烏瓜」もおもしろい。幕末と烏瓜の取り合わせで一気に京の都に繰り広げられる動乱の時代をイメージさせる。
 「鴻池家伝来の油照り」、この句も鴻池家の何が伝来なのか書かれていないのだが、確かに鴻池家には伝わっているものがあると想像をめぐらせてしまう。

 一方、「紫陽花に首狩り族が現れる」などは、「に」は説明的になるので「や」で切っ
た方がよくはないか。
 「豚走る日々に新し鰯雲」は、三段切れとなるので「日々新しき」と座五へつなぐほうが韻文らしくなるのではないか。
あるいは「獣園の飛べない鳥に落花いま」は、俳句形式が一人称且つテンスを無効化した形式とすれば、「いま」は余分であろう。
 最後に佳句とするか迷った一句が、「日本の論点論点霜柱」だ。「論点」を復唱する必要があるのだろうか。「日本の論点難点霜柱」としていたら、秀逸な一句だったといえないだろうか。
 次第にのめりこんで僭越なことを書きました。ご容赦ください。
 いずれにしても、長い句歴の果てに手中にされました果実を、こうして鑑賞の栄に浴すことができましたこと、ひとえに感謝申し上げる次第です。
 今後、坂間恒子、この作家に注目してひとつの参照先とさせていただきます。
敬 具