東電破産処理を急げ!---原子力損害賠償支援機構法は鴨に葱である。

経産省官僚岸博幸氏がしばしばTVに登場して、規制解放をまくし立てることにいくらかの違和感を覚えながら観てきた。しかし、現役経産省官僚の古賀茂明氏の退職強要問題が出て、彼の「日本中枢の崩壊」を読んでからいくらか官僚の異端がどういう立場で何を主張しているのか、この十年間ぐらいの文脈が理解できた。

彼らはかれらなりに巨大な権力機構「霞ヶ関村」の暗黙の意志決定と闘っていることがとりあえず理解できる。もちろん個々のケースについては私なりの賛否はあるのだが、身内組織を内部で体質転換させようという努力と、左遷や退職を恐れぬ勇気には敬意を表しておこう。
それは同じ軌跡をたどったものでなければ解らぬ葛藤だからだ。私にはよく理解できる。

その問題は別にまた論ずるとして、その岸氏がここにきて東電破産処理を主張し始めた。彼の主張が事実であれば重大な問題だ。
これはリベラル派と東電ステイクホルダー福島県民への同情派が、全く視野になかった陥穽をついた優れた主張のように思う。

すなわち岸氏も被曝民への補償捻出から東電破綻回避から破綻処理へ急旋回したわけだが、原子力損害賠償支援機構法は、亡国の道の一里塚だというのである。私もこの視点は全く考えも及ばす、衝撃をを受けた。
もっとも私自身は、最初から破綻処理を主張してきたのだが、それは税金を投入すべきでないという点と、福島県(庁)は被害者面するなという点からとである。税金は投入してもいいが、東電を存続させる理由はひとつもないはずだと今でも思っている。問題は投入の仕方である。その辺りも今回の岸氏の提言は納得できる。

周辺国が日本への損害賠償を虎視眈々と狙っているという予見は十分わかる。日本はナショナリズムが単純な悪というリベラル派の誤った認識が過半であるが、周辺の貧しい国は日本から機会さえあれば理由をつけて富の引き出しを狙っていることも事実である。
早急に検討を要することだと思う。

以下、岸氏の提言である。

野田政権は東電破綻処理を急げ――このままでは日本は中国やロシアからの巨額賠償請求の餌食になる

 今日にも組閣が行われ、野田政権が発足します。迷走を続けた菅政権の後だけに、被災地の復旧・復興の加速、エネルギー政策の抜本的転換、デフレと円高の克服に向けた経済財政運営など、取り組むべき政策課題が山積であり、世の関心も増税など目立つ問題に行きがちですが、日本全体のリスクを低減する観点から早急に取り組むべき課題があることにも留意すべきです。それは東電の破綻処理です。

外国からの損害賠償という巨大リスク
 これから長期にわたり原発事故の損害賠償など巨額の債務を抱える東電をどうするかについては、菅政権で既に決着しています。原子力損害賠償支援機構法が成立したことにより、

原発事故の責任のある東電が損害賠償を行なう

・機構が東電に対して、賠償のための資金支援を行なう

・国にも原発事故の責任があるので、必要があれば機構に対していくらでも予算を投入する(=東電に対して予算支援を行う)

 というスキームとなりました。東電に責任を持って被災者への損害賠償を行わせるという名目の下で、東電を債務超過にしない(=破綻処理しない)という政官の強い意思により、事実上政府が東電を救済することになったのです。

 多くの識者の方が指摘しているように、このスキームには、東電のリストラが不十分、ステークホルダーである株主や債権者が責任を負っていないなど、市場のルールの観点から問題が多いのですが、それに加え、別の観点からも大きな問題を生じさせかねません。

 それは、外国からの損害賠償請求への対応です。

 原発事故以降、汚染水の放出などを通じて大量の放射能が海に流出していると考えられます。放射能が付着したがれきが他国に流れ着く可能性もあります。それらを通じて、他国の領海に放射能汚染が拡散したり、他国の漁業に被害を与えるなど、放射能汚染の被害は日本国内にとどまらず、外国にも及んでいるのです。

 そうした事実を考えると、原発事故の被害について、今後外国からも損害賠償請求を起こされる可能性が大きいと言わざるを得ません。特に日本の近隣には中国やロシアなど色々な意味で難しい国があることを考えると、東電が8月30日に発表した「原発事故に伴う損害賠償の算定基準」を遥かに超える規模の損害賠償が外国から請求される可能性があるのです。一部には、海洋汚染への損害賠償の請求が数百兆円にも上る可能性がある、という声もあります。
そして、残念ながらそうした外国からの損害賠償請求の可能性を裏付ける情報が入ってきてしまいました。ある国は、もう損害賠償の請求のための情報収集と準備を始めているのです。

いかに日本の国益を守るか
 そして、留意すべきは、損害賠償請求をしようと考えている外国にとって、機構法による東電救済スキームは“非常に美味しい”ということです。今のスキームの下では、損害賠償を請求する相手である東電は潰れないし、国も責任を認めている、かつ国が東電に無制限に予算を投入する仕組みになっているのですから、いくらでも損害賠償を請求できます。

 しかし、それで巷で言われるように数百兆もの損害賠償が外国から本当に請求されたら、東電は当然払い切れないので、ツケはすべて国に回ってきます。1000兆円近い日本政府の債務に数百兆円が上乗せされたらどうなるか。大変なことになるはずです。東電より先に国が破産してしまうのではないでしょうか。戦後賠償よりも重い負担を日本全体として背負わされかねないのです。

 それでは、外国からの損害賠償請求にはどのように対応すべきでしょうか。この点について、メディアでは、海外からの巨額の損害賠償に対応するため、これまで未加盟だった原発賠償条約への加盟を政府が検討していると報道されています。

 この条約は、原発事故の損害賠償訴訟を事故発生国で行うことを定めています。つまり、もしこの条約に加盟していれば、例えば中国人が損害賠償を請求する場合でも、日本の裁判所で訴訟を起こさなければなりません。その場合、外国で訴訟を起こすこと自体大変だし、裁判所も外国人より自国企業を守る方に重きを置くはずですので、損害賠償を起こされても、それがあまりに巨額になることは防げるはずです。

 しかし、仮にこれからこの条約に加盟したとしても、過去の事故にまで条約の効力が遡及するとは考えられません。従って、中国人が中国の裁判所に損害賠償の訴訟を起こすことができるのです。そうなったら、当然ながら、日本の企業である東電よりも自国民の利益が優先されるでしょう。

従って、条約に加盟していない中で、海外からの巨額の損害賠償に国としてどう対処するかを真剣に考えなくてはなりません。その手は二つしかないように思えます。

 一つは、東電にも国にも原発事故の責任はないとすることです。そうすれば、外国が損害賠償を請求できる相手がなくなるからです。そのためには、今回の原発事故が原子力賠償法上の“天災地変”に該当するとしなければなりません。事故の責任は東電にあるので東電は賠償責任を負うという、事故が起きて以来の政府の見解を変えなければならないのです。かつ、東電の責任が前提の機構法も廃止しなければなりません。

 しかし、特に原発事故で深刻な被害を受けている福島県民の心情を慮れば、いくら国を守るためとは言え、東電に事故の責任なしと政府が判断を翻すのは現実には困難です。

 そう考えると、もう一つの方法が現実的です。それは、東電を無理に延命させず、事実上債務超過なのだから淡々と破綻処理を進めることです。賠償責任を負う東電がなくなり、機構法から国の責任を謳った部分を削除すれば、テクニカルには外国が損害賠償を請求する相手がいなくなります。

 この場合、東電を潰すと福島の被災者の賠償債権もカットされてしまうという反論が出ると思いますが、“事故の損害賠償”ではなく“被災者への支援”として政府が肩代わりして十分な金額を支払うことで対応できるはずです。国内の被災者相手に“損害賠償”という言葉を使い続けると、外国からの損害賠償にも応じざるを得なくなるので、被災者への給付の性質を変えるのです。

東電より国を守るべき
 私自身、東電と国の双方に原発事故の責任があるという考えにはいささかも変化はありません。それにも拘らず、上述のように自らの考えを曲げた主張をしているのは、日本を海外からの損害賠償請求から守るためです。

 現在の東電救済スキームの下で本当に外国が数百兆円もの損害賠償を請求してきたら、日本はおしまいです。戦後賠償以上に後世に負担を残すことになります。また、もし私が中国やロシアの政府の当事者なら、領土交渉や漁業権の交渉などにこの損害賠償を絡めます。損害賠償は勘弁してやるから、代償として尖閣諸島北方領土への領有権の主張は放棄しろと言うでしょう。

 このように、外国からの損害賠償問題は、東電という一企業を超えて日本の国益に大きく関わるのです。野田政権は、菅政権が国内のことだけを考えて作った東電救済スキームを早急に修正し、日本の国益が確実に守られるようにすべきです。そうしないと、本当に“東電栄えて国滅びる”となりかねません。
(岸博幸のクリエイティブ国富論)

http://diamond.jp/articles/-/13837