メデイアとのケンカでわかる政治家小沢一郎とヤンキー橋下徹の人格

「週間朝日」の橋下徹伝ともいう佐野眞一の記事は、差別に抵触したか?
読む限り全く差別のさの字にもひっかからない。これを差別記事と読んだ田原総一郎や江川詔子やその他日頃電波芸者ツイッター脊髄反射リベラルは、部落問題に触れたというだけで、思考停止に陥り、佐野のドキュメンタリーとしての方法論も理解せずに、差別認定を下した。
この一件は、「週間朝日」の謝罪で落着したが、メディアの自滅行為によって佐野眞一の秀逸な作品を葬り去った。「週間朝日」のていたらくは言語道断であり、ペンをもって時代を透視する知力も胆力もないことを晒した。しかしよく考えれば、差別問題の「言葉狩り」を熱心にやって、差別実体を隠蔽する一端をになったのはマスコミであったことを思えば、「週間朝日」の自滅は当然のことであった。


この問題は一ページをたてて述べておきたいのだが、ある種バカバカしくていまだ筆が進まない。


ただ二点だけ指摘しておく。
ひとつは、橋下徹自身が、佐野の記事の中に差別を助長する箇所があるとは、当初問題にしていなかった。「行き過ぎがある」という抗議である。
これは部落出身であることは彼自身が公言してきたことで(この点は私個人は偉いやつだと評価してきた)、いまさらそれを書かれてもどうということはないとツイートしている。また「週朝」以前に週間新潮でも文春でも書かれており、それらには彼は無視している。今回は朝日新聞本社をターゲットとして抗議をしているわけだが、橋下の支持率低迷が続く中で、差別にかこつけた政治利用できるという意図があったのではないか、とうがった見方ができる。
彼のツイートを追っていくと、結局父親に関する記述が、親族の証言をベースにしているだけあってリアルでショックだったのではないかと推測できる。

彼には父親の記憶は薄く、忌むべき存在と潜在心理下にあったのではないか?
部落出身であるより、暴力団、博打、麻薬常習で目がとんでいた、借金で自殺、こうした記述を「行き過ぎがある」という言い方になったとみなされる。

「路地」八尾の特定はこれも過去に公言しており、「識者」が住人に対する配慮がたりないと佐野を非難したが、それは東京にいて橋下の過去の言質や大阪の「常識」をしらない「似非リベラル」の見当ちがいである。

こうした橋下の問題とした点と、田原など似非リベラルが問題とした点と、「週朝」のメディアの劣化問題が、錯綜したまま論じられてうやむやになっている。


そんな中、唯一と言っていいほど、部落差別問題への正当で且つ「週朝」の編集権放棄の愚劣を、ともに串刺しにした思想的に深みのある論考があった。


今井照容(てるまさ)氏の論考である。
氏はこのたび「三角寛『サンカ小説』の誕生」で尾崎秀樹記念大衆文学研究賞を受賞された。サンカとは、山窩ないし山人とかいて、江戸から明治期にかけて人別帳にも記載されなかった山間部を回遊して生活した辺境民のことである。
氏は個人的なツイートで、過去に部落問題も研究し、その関係で今回橋下の取り潰した歴史資料館(差別等の人権資料)「リバティおおさか」の取り潰し反対に署名していると述べている。むしろ橋下は貴重な「リバティおおさか」を保存し、連帯することが大事ではないかと諭しているのだ。
紹介しておくので是非閲読していただきたい。
佐野眞一の「ハシシタ」についてhttp://d.hatena.ne.jp/teru0702/20121019/1350628921


もうひとりは弁護士の宮武嶺(徳岡宏一郎)氏である。
法律家らしく、佐野の記事をよく読み込んで人権侵害は見当たらないと断定している。
法的側面での人権侵害の「境界線」がよく理解できるこれも秀逸な論考であり、東京あたりの日頃の橋下徹の口汚い罵りや侮蔑的罵倒をしらぬ似非リベラル派の思考停止とはわけが違う鋭利な橋下批判となっている。
佐野眞一氏と週間朝日「ハシシタ 奴の本性」は橋下徹市長の人権を侵害していない。
http://blog.goo.ne.jp/raymiyatake/e/11ad05b03d376660cff14b9d359866c8


以上の経緯を踏まえて、以下の日刊ゲンダイの論評を読むと実に正鵠を射たうなずけるものである。

朝日とのケンカで際立つ 橋下と小沢の"決定的違い(日刊ゲンダイ2012/10/23)

同じバッシングでも耐える小沢

日本維新の会」代表の橋下徹大阪市長の出自に関する連載記事を打ち切った「週刊朝日」が、きょう(23日)発売の最新号で見開き2ページの「おわび」を掲載。編集長名で、10月26日号の緊急連載「ハシシタ 奴の本性」について、「同和地区を特定するなど極めて不適切な記述を複数掲載してしまいました」と謝った。


しかし、これで「ノーサイド」かと思いきや、橋下はしつこい。きのう(22日)夜も、ツイッターで朝日の対応にこんな不満をブチまけたのだ。
〈もうね、朝日新聞出版と週刊朝日は鬼畜集団ですよ〉
連載原稿を執筆したノンフィクション作家の佐野眞一氏に対しても、こう罵っている。
〈僕が危険人格なら、それと同様のしつこさと異常さを持っている佐野も危険人格。佐野は他人の危険人格のルーツを徹底的に暴くより、まず自分の危険人格、病的異常さのルーツを徹底的に暴いたらどうなんだ?〉
〈佐野よ、自分のケツぐらい自分で拭けるようになってから偉そうなことを言えよな〉
ま、橋下の怒りも分からないではないが、ここまでコーフンしている様子を見ていると、ついつい比較したくなるのが、「国民の生活が第一」の小沢一郎代表との違いだ。
小沢は自民党幹事長時代から20年以上、常に批判にさらされてきた。西松建設事件、陸山会事件では、検察リークに乗っかった大マスコミにあることないこと書き立てられた。名誉毀損の裁判を起こせば連戦連勝だろうが、小沢は何も文句を言わない。小沢をよく知るジャーナリストの渡辺乾介氏はこう言った。
「小沢氏に対する人物破壊は想像を絶するものだったし、人格攻撃は家族にまで及んだ。小沢氏も内心では腹に据えかねることもあったでしょう。しかし、周囲が訴えるべきだと主張しても、ジッと我慢していた。ひとつには、師匠の田中角栄氏がメディアから批判されることについて、『彼らもそれが仕事なんだから』と常々言っていたことがある。そこへ、小沢氏の自立論や改革論がからんでくる。国民が自立し、自分で判断できるようになれば、マスコミも好き放題書けなくなる。そういう国に変革していくのが自分の使命だ。マスコミと戦うのは自分ではなく、国民なのだ。そんなことを言っていましたね」
橋下が子どもっぽく見えてくる。