安倍TPP参加における「聖域あり」の罠--田中良紹氏TPP論評

安倍総理オバマ大統領との会談で、日米同盟の復活を果たしたと自画自賛をしているが、日本の未来をアメリカに売り渡したとしか思えなかった。
TPP参加に日米とも例外を設けることで合意した、と喧伝しているがそれがむしろ危険な罠ではないかと危惧していると、ジャーナリストの田中良昭氏の的を射た検証レポートを発見して、強く同意するものであった。

私は、確かに安倍政権は自民党票田の米農業関係者に配慮し、米国はオバマの票田である自動車産業界に配慮するという、相互取引はありうるとは思っている。相互の政権の都合で例外は儲けることは不思議でもなんでもない。

しかし、政権政党の分裂に直接影響しないような保険や医療の分野ではアメリカのごり押しに耐え切れないだろうとみている。アメリカはその分野こそが本丸で、長年日本に要求してきた分野だからだ。

こうした目くらましのバーター的聖域を作って交渉の余地があるような演出で、やはり参加して交渉すればいいことだという俗論を普及しようとする作為があり、むしろ隠された意図があることを示唆しているとみていいだろう。
この視点を同じくする論評がジャーナリスト田中良紹氏から出ていることを知り、ますます危機感を募らせている。

主権を侵害するISD条項や、無間地獄を抜け出せなくする条約解消禁止のラチェット条項など、危険な条項は依然として問題であり、決して新聞が報じるような日本の意向を飲んでくれるわけではないはずだ。

田中氏の論評を噛みしめて、今後の推移を監視する必要があるだろう。

日本の未来を売り渡す安倍自民党政権だということがよく理解できる。



格差大国の狭間



 安倍政権が最重要視していた日米首脳会談は想定通りの結果となった。安倍総理は「日米同盟の強い絆が戻ってきた」と胸を張ったが、アメリカの要求をすべて受け入れてみせたのだからそれは当然である。報道された会談要旨を見るとそう思わざるを得ない。


 1.原発ゼロを目指す前政権の方針を見直してアメリカが望む原発維持を表明した。2.アメリカ軍の普天間基地を早期に辺野古に移設する事を約束した。3.尖閣問題で中国との衝突を望まないアメリカの要求を受け入れ冷静な対応を表明した。4.アメリカ製兵器の購入を臭わせる防衛予算の増額と集団的自衛権行使について説明した。5.アメリカが要求するハーグ条約加盟への努力を表明した。そのうえで安倍総理アメリカが何よりも望むTPP(環太平洋連携協定)への交渉参加を正式表明する姿勢を見せたのである。

 TPP問題の日米共同声明を見る限りアメリカは全く譲歩していない。ただ「聖域なき関税撤廃が前提である限り交渉に参加しない」と選挙で公約した安倍政権の立場を踏まえ、「聖域」があるかのような表現が盛り込まれた。しかし一方で「すべての品目」を交渉の対象としているのだから、交渉をやってみなければ何も分からないという話になる。

 共同声明には「日本には一定の農産品、米国には一定の工業製品」という表現で、「コメ」や「自動車」が「聖域」に当たるかのように書かれている。しかしそもそもTPPの目的はそうした品目の関税を撤廃する事にあるのではない。そうやってそちらに目を向けさせ、その問題解決にエネルギーをかけさせ、その隙に本来の目的を達成するのである。本来の目的とはアメリカ型資本主義に立ちふさがる国家資本主義を解体する事である。

 本来の目的でない事に目を向けさせ、それにエネルギーをかけさせ、その隙に本来の目的を達するやり方は沖縄返還交渉でも見られた。交渉の「密使」を務めた故若泉敬氏は、アメリカが容易に認めないと思われた「核抜き返還」を実現するためにエネルギーを費やすが、核抜き返還が実現した後に、アメリカの目的が沖縄を半永久的に米軍基地の島にする事だったとアメリカ側から知らされる。アメリカは日本の目を「核」に向けさせ、その隙に沖縄の米軍基地の固定化を図ったのである。沖縄は返還されても返還されないに等しい状態に置かれた。それを知って自責の念から若泉氏は自殺する。

 ソ連共産主義との戦いに勝利したアメリカは、90年代後半からアメリカ型資本主義を世界に広めるグローバリズムに力を入れた。世界では格差と貧困を生み出すグローバリズムに反対運動が盛り上がったが、日本にはアメリカの要求に忠実な小泉政権が誕生し、アメリカの「年次改革要望書」に従って日本をアメリカ型競争社会に改造しようとした。格差が広がり、小泉政権を引き継いだ第一次安倍政権は国民の怒りを買って選挙に敗れ、自民党民主党に政権の座を明け渡す事になる。

 アメリカの「年次改革要望書」は民主党政権によって廃止され、小泉総理が「改革の一丁目一番地」と言った郵政民営化も見直される事になった。思い通りにならなくなった日本に対しアメリカが怒っただろう事は容易に想像がつく。折からアメリカ型資本主義は百年に一度と言われる金融危機に陥り、一方で中国とロシアの国家資本主義の台頭が注目された。国家資本主義とは市場経済でありながら国営企業が中心の経済体制である。

 国家に支えられた国営企業は公正な競争を阻害するとアメリカは考える。中国はWTO世界貿易機関)に加入しながら国営企業を民営化せず、貿易競争を有利に進めている。その中国を真似て新興国までが国家資本主義を目指すようになった。共産主義に勝利したアメリカの次なる目標は国家資本主義を打ち負かすことになる。それがTPPの本来の目的であり、狙いは中国の国家資本主義の解体にある。

 そのためにはアメリカ型資本主義に改造しやすい国を引き込んで包囲網を作る。従って日本が交渉に参加すれば日本はアメリカ型資本主義に改造される。それは農産品などの関税問題に目を向けさせながら、非関税障壁とされる日本の商習慣や特有の制度の改造に及び、経済構造の根幹を変えられるのである。民主党政権の誕生で見直されたゆうちょ銀行やかんぽ保険の完全民営化も実施されるだろう。そうして日本にはアメリカ型格差社会が再来するのである。

 アメリカは中国を異質な体制と見て包囲網を作ろうとしているが、少数が富のほとんどを占有しているという点で両国は共通している。むしろ「一億総中流社会」を実現した日本型資本主義と米中とは大きく違うのである。その我々と異なる二つの格差大国の間で一方の包囲網に協力するため、自らが築き上げ世界で最も格差の少ない経済体制を格差大国並みに「改造」されてしまうと言うのもおかしな話である。

 かつて「一億総中流社会」を実現した日本型資本主義の原型を作ったのは戦前の「革新官僚」だが、その「革新官僚」の中に安倍総理の祖父である岸信介氏もいた。それを安倍総理は知らないのだろうか。知っているならば「一億総中流社会」を再来させる政策をこそ考えるべきである。そうしないと格差大国の狭間で日本は沈み込むことになる。

http://www.the-journal.jp/contents/kokkai/2013/02/post_337.html