俳句作品 至高作『ウルトラマン有情』-『ジャム・セッション』2012年12月号

『ジャム・セッション』は俳人江里昭彦氏の発行する二人だけの俳誌である。江里氏の相棒は死刑確定囚中川智正オウム真理教幹部である。

お二人は、中川智正京都府医大の学生時代に江里氏が京都府庁職員として出向した折に出会い、中川が学園祭の実行委員長をしていたこともあって付き合いがあったとのこと。
その頃の中川は障碍者の福祉活動のようなこともしていた普通の真面目な学生だったようだ。

誠実な江里氏はかつての教え子気を遣い、拘置所を何度か訪れ、死刑確定後は中川から俳句をやりたいので歳時記を差し入れて欲しいと要望があったとのこと。
ならば二人だけの俳誌をやろうとなって発行された。今回が二号である。

江里氏は俳壇ではその名を知らぬ人はいない有名人だが、知らない方に少し紹介しておくと、京大俳句会の最後の編集長で、俳句会では上野千鶴子女史と同期である。戦後生まれの俳人の代表格と言える。排風はモダンで理知的である。特に俳句批評は格調高く、言いっぱなしのデタラメ批評が多い中で、文学史を踏まえた本格的文芸批評の領域で展開する。自ずと境涯俳句や趣味俳句とは距離を置く。わたしにとってはいつも刺激を受ける数少ない俳人の一人である。

さて、今回二号で光栄にもゲスト作家として招かれ、10句を寄稿させていただいた。
ちなみに、一号のゲストは齋藤慎爾氏でした。

ただお断りしておかなければならないことは、掲載句とは今回若干異なっている。原稿差し替えをお願いしたが、印刷入稿までに間に合わず、初稿が発行されている。このブログ掲載分は差し替え句となっているので悪しからず。
(すでに筑紫盤井氏にはコメントをいただいてしまっているが。この場を借りてお礼申し上げる。)


ウルトラマン有情
            至高

一九六六年ウルトラマンは誕生した。
未来は科学技術が担うと世はバラ色に
染め上げられていた。科学技術信仰こ
そが時代の推進力だった。そして原発も。

あふるるやウルトラマンの夢螢

ウルトラマン飛べば後より霧の影

ウルトラマン正義を負いて銀河ゆく

ウルトラマンうなだれてゆく花野かな

困憊のウルトラマンや雪霏霏と
 
     *
水澄めどフクシマ帰るところなし

核廃棄物そこかしこに埋めて霧

かりがねの石棺となせ核廃炉
   *

秋風のあれが鉄橋爆破未遂

蠢ける影や羊歯は戦前(さき)へ反り

素粒子の光
         中川智正
流さるる螢掬えば掌に光

船虫が我をとり囲み会議せり

四百年 つかのま樹神と語りけり

やせ猫や窓拭くしぐさで喜捨求む

残飯の容器のかたちで夢みる猫

すきま陽を求めて曲がる切り花よ

老眼の子は父に会う耳遠し

消えて光る素粒子のごとくあればよし

永き夜は深海となり鼓動聞く

中川の句が、あっという間に定型をなしはじめている。

消えて光る素粒子のごとくあればよし
消えてから素粒子は光るの?門外漢のわたしにはよく解らないのだが、中川の現在の心象を表白していることだけは理解できる。命は国家の手の内にあり、己の意思のままにはならない。しかし露と消えたときこの世に光芒を放つ存在でありたいと願っている。
その希望はかなうのかどうか、われわれの手に余るオウムをただのオカルトとしてうやむやにすることなく、同時代人が思想的に深く総括する必要があるだろう。この事件はまだ生きているのである。
中川の総括の質がその希望の実現の可否を決定するだろう。

永き夜は深海となり鼓動聞く
孤独な独房生活のなかで、去来するものはなんだろうか?「深海」と「鼓動」の措辞が喩として高度な詩的空間を造形させている。

わたしたちの四方は海なのだよ
          江里昭彦

波ははや穹(そら)の青さに疲れたり

恍惚としている海の虹を消せ

葛の花まだむみも見ず土讃線

昏きみず渡らぬゆえになお昏し

極道に冥土の空のいかのぼり

越後と聞けば厠をつかう旅役者

海鳴りに枕ふたつはさみしけれ

魚獲らる大小の目のみな開き

飯すますのに秋風は要りはせぬ

海鳴りに枕ふたつはさみしけれ
この枕ふたつが置かれた状況は、さまざまな物語を喚起する。それは「海鳴り」のなかにあり、この措辞によって一種の悲劇性を暗示する。いってみれば水上文学を想起させる秀逸な一句となった。
江里氏の文学的造詣がかいまみられる。

波ははや穹(そら)の青さに疲れたり
なるほど、そういう疲れもありなむ。美は乱調にあり。この着想もみごとな俳味といっていい。


なお「あとがき」で、わたくし至高に触れて次のような過分なコメントをいただいている。

第二号のゲストに望月至高氏をお迎えした。鈴木六林男に師事し、六林男没後は「六曜」に依る。「豈」同人でもある。(筆者注:昨年退会している)
また、関西現象学研究会に加わる一方で、インターネット上では時事問題などで精力的な発言をつづけていおられる。多彩な顔をもつご仁である。
句集は、いまのところ、○○として著した『辺縁へ』のみであるが、そこには、「下萌えのいずれも覇者の顕彰碑」「夏草の下に屍と不発弾」など鋭い批評性を示す句とともに、「遠雷にゆっくり脚を開きけり」など官能を暗示を湛えた句も同居しており、なにかしら分類困難な俳人という印象を与えたのだった(これは私なりの褒め言葉なのだが)。

ところで、確定死刑囚としてずっと東京拘置所に収監されている大道寺将司氏も、「六曜」のメンバーのひとりである。
 先ごろ上梓された全句集『棺一基』は、句集としては破格の反響を呼んでいるが、望月氏はこの『棺一基』について、「六曜」二七号(2012年6月)に優れた論考を寄せている。一部を引用しよう。

「言葉は経験である。彼が生活者としての経験を二十歳過ぎに切断されたままであるにも拘わらず、このリアリティーを保持していることに驚嘆する。獄舎の日常詠であり密室の中の空想なのだが、場所の限定を飛躍して迫るものがある。
 表現は脳で作られるわけだが、それには身体領域における感受が前提となる。彼の身体は拘禁され極めて微量な感受しかできないはずなのに、生のもつ普遍的なリアリティーに到達しえている。体験の量によってではなく偏に想像の純化によって、魂はどこへでも飛翔する能力を獲得した。」

この論考のどこが優れているのか。それは、獄中俳人が不可避的に受ける制約と、その制約を突破する方向とを、ともに語っているからである。
 娑婆を自由気儘に動きまわるわれわれは、そうやって「体験の量」をどんどん増やすことができる(俳人もしばしば吟行にでかけては、見聞の量を増やしている)。
しかしながら、獄中俳人にはそれができない。ならば、[想像の純化によって」魂の飛翔力を強める途を探るしかあるまい。大道寺将司氏は、この方法でひとつの高峰に達したのだ。制約を突破したのみならず、制約を可能性に転じたのである。これは巨きな成功事例として、後につづく者の励みとなろう。