俳人大井恒行氏の選句眼の確かさ─『俳句のアジール』の寸評

2016年末に上梓した拙句集『俳句のアジール』の寸評を、俳人大井恒行氏がブログ『大井恒行の日日彼是』にアップしてくれている。
大井氏のプロフィールはもはや語るまでもない。業界ではいまや結社出身でない「自立派」とでもいう位置でその名を知らぬものはいないからだ。俳誌『豈』の長きにわたる編集人である。
 『豈』といえば実験的な俳句やライトバースな句風で知られる作家が多いが、大井氏はその中で奇矯さに偏らない正統的な作法を踏まえている。その句のモダンとトラッドの絶妙な配置に筆者は魅了されている。いやそれ以上にいつも飄々と粘着的なものを感じさせない、若くして枯淡の品位を感じさせる人柄が魅力で、兄事しているのである。
作品はいつか機会があれば紹介したいと思う。

今回は氏の拙句集の寸評であるが、氏の選句は筆者の納得するものにピタリと重なり、選句眼に改めて感服したのである。

以下寸評を紹介させていただく。

望月至高「宝船兵器兵隊満載し」(『俳句のアジール』)・・・(2016.12.30)
望月至高句文集『俳句のアジール』(現代企画室)、句集としては第二句集、句の一部と散文「吉本隆明の訃に接して」と「擦過のひとりー唐牛健太郎」「七〇年目の追跡ー叔父望月重夫の戦死」が書下ろしである。既発表のなかの大道寺将司一句鑑賞(「月刊「俳句界」2012年8月号、愚生が文學の森に在籍していたときに執筆者の一人として推薦したので、よく覚えている)で「額衝(ぬかづ)くや氷雨たばしる胸のうち」を評して以下のように結んでいる。

 日本の近代詩歌が苦闘の末に口語体を獲得したが、擬古体が噴出する時期があった。戦間期、新興俳句を除いては戦争翼賛歌のほとんどに擬古体が使われた。その詩歌人たちは現実的な環境世界を見ようとせず、自己意識が自己幻想としてのみ関わるところに作品を作った。(中略)
戦争翼賛詩歌人たちは意図的にそれを見なかったが、大道寺は見ることを禁じられた。見ているのは残影ばかりだ。鬱屈した情念は俳句作品として昇華していくのであるが、内面と形式は分裂して平衡を保とうとする。口語体は環境世界喪失ゆえに実在を欠いた虚しい指示性としてのみ意識され、自己価値の表出とはなりえない。擬古体こそが自己価値を担保し、自己承認の自己表出として意識的な特権化が図られるいるとみてよいだろう。

望月至高は鈴木六林男の最晩年の弟子である。

  鈴木六林男「憲法を変えるたくらみ歌留多でない」を踏まえて
   憲法の成りをたくらむ将棋でない        至高

かつて六林男は、確か「俳句は上手く作ろうと思えばいくらでもできる。しかし、それはあえてしないのだ」と、また「俳句を作るときは30%くらいは新しいものを、すべてが新しいと理解されない。」と自らの俳句作法っを語っていたことがあったように思う。

望月至高の句の方法はその六林男を承けついでいよう。ともあれいくつかの句を以下に挙げておこう。

   冬銀河非対称的時空間
   征けば死にきり末枯れし戦没碑
   一錠に今日を委ねて青き踏む
   オンとオフ同じボタンに春暮るる
   冬の霧方位不明のそこに入る
   明らかに道は尽きたり鳥雲に
  第二回尹東柱追悼詩祭献句・同志社大学今出川キャンパスにて
   自主自立紫紺の旗の幾星霜
      亡き父母を偲ぶ
   三寒の墓碑と四温の父母の恩
   八月の海や亡者の澎湃と

http://ooikomon.blogspot.jp/2016/12/blog-post_30.html

望月至高「父を焼き父を畏れて雲に鳥」(『俳句のアジール』)・・(2017.3.29)
昨日は、望月至高句集『俳句のアジール』(現代企画室)の出版を祝う会が、三宮・スペイン料理カルメンで行われた。カルメン二代目オーナーである大橋愛由等(あゆひと)は詩人であり、俳人でもあり、様々な詩祭や企画もやり、まろうど社という出版社もやるマルチな人だ(写真下は月刊同人詩誌「M’elange」120号)。「豈」「吟遊」の同人でもある。


 愚生も実に久しぶりで外の空気にふれるべく日帰り旅で神戸まで出かけたのだ。
会そのものは内輪の会ということで、俳人はごく少数で、本人の望月至高を入れても4人。したがって,そのほかの方々には、初めてお会いする方ばかりだった。
 とはいえ、会は俳人ではない出席者にも(事前に強制なしとされながら)、各人が句集から5句ほど選び送り、それがプリントされていた。選句は重なる句が少なく(けっこう珍しいことだ)、各人の人生上の言語体験を反映して、逆に望月至高の句の幅の広さを示すことになり、各人が選んだ理由もそれぞれで興味深いものだった。
 愚生の選んだ5句は、愚生の好みに偏しすぎたものだったので、以下には、他の人の選句のなかからいくつかを挙げておこう。

   いつからのフランスパンの梅雨湿気    至高
   三寒の墓碑と四温の父母の恩
   薔薇をもて死美と散華の抒情打つ
   サクマドロップもて黄泉へ銀河をローアンドロー
   ふるさとの死者をふやせり吾亦紅
   国家より花の吹雪くを愛でており
   汚染土をはがし大地の油照
   梟の飛び立つ闇を愛(かな)しめり
   春嵐流民貧民避難民
   パンドラの匣の底より”Let it Be”

http://ooikomon.blogspot.jp/2017/03/blog-post_21.html

 ※なお掲示の写真は省略されていただいた。
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