全国で旅館やホテルを運営する星野リゾートの星野佳路代表と40万部超ヒットの『人新世の「資本論」』著者、斎藤幸平氏が対談。地球環境問題や格差問題に対して、企業経営はどう臨むべきかをじっくり語り合った。

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星野リゾートの星野佳路代表(右、写真:栗原克己)と、大阪市立大学の斎藤幸平准教授(左、写真:宮田昌彦)
星野リゾートの星野佳路代表(右、写真:栗原克己)と、大阪市立大学の斎藤幸平准教授(左、写真:宮田昌彦)

星野佳路氏(以下、星野氏):私は近代経済学を学んできましたし、経営者という職業ですから「企業には成長が必要だ」と当たり前にように捉えてきました。一方で働いている社員にできる限り報いることや社員の働く環境といったいわば「社会主義的な考え方」も自分から遠いとは思ってきませんでした。星野リゾートはホテルを運営する会社でありそこには投資家がいますが、「社員の給料や仕事環境が整わないと運営しない」とずっと言ってきました。

 このため、投資家には比較的厳しいマネジメント会社だと思っていますが、それでも長い経営者人生の中で「企業には成長が必要」と「社会主義的な考え方」の間に矛盾のようなものを感じてきました。それが斎藤先生の著書『人新世の「資本論」』を読み、経営と脱成長が両立できることを知り、もやもやが晴れてきた印象を持ちました。

斎藤幸平氏(以下、斎藤氏):星野代表がそのように考えるのは、コロナ禍でも露わになった「いきすぎた資本主義」の問題とつながっていると思います。

 いわゆる新自由主義の下で、企業をめぐるステークホルダーのうち、株主にばかり配当として多くのお金が回り、現場では低賃金の非正規雇用が増え、格差が拡大してきました。コロナ禍でも、彼らが真っ先にクビを切られ、困窮しました。コロナ禍で多くの労働者が苦しむ現実を前に、経営者にしても、会社の業績や他社との競争を考えなければいけない一方、「単にお金をもうけるだけ」「株主だけのことを考える時代」は、やはりよくないと思い始めています。企業は脱成長ではなく公益資本主義を掲げるでしょうが、経営者と問題意識がシェアできている状況は、新自由主義が終わりつつある兆候だと思います。このままのやり方では持続可能でないので、中長期的な視点から持続可能で皆がもっと幸せな社会をつくる必要性を、立場を超えて多くの人が感じている。そこにコロナ禍以上の危機である気候変動に立ち向かい、状況を変えていくチャンスがあると強く感じます。

星野氏:『人新世の「資本論」』では、気候変動という地球環境問題と脱成長と結び付けて議論していますが、脱成長は気候変動と結びつけなくても、人の幸せ、社会のよりよいウェルビーイングとしてもあり得ると同書を読んで感じました。むしろ、「気候変動があるから脱成長しなければならない」とリンクされていることに少し残念さを感じました。

斎藤氏:なるほど。

星野氏:社会のあり方、会社という組織の長期的なサステナビリティー(持続可能性)という点から、脱成長という斎藤先生の理論は通用するのではないでしょうか。私はむしろ気候変動と関係のない流れの中で脱成長について理解することが大切だという印象があります。

斎藤氏:企業を経営している星野代表から脱成長の発想が出てくるのは興味深いことです。これまで経営者の方と話すと、環境問題の観点から脱成長の必要性は分かったが、それでは企業が潰れてしまうという反応が大半でした。ぜひ、もっと詳しく聞かせてください。

星野氏:ホテルの運営にはステークホルダーの一員として投資家がいます。そして、運営会社がよい仕事をして利益が増えるほど投資家はもうかる仕組みになっています。ところが一方で、いい仕事をしているのに、あまりもうからない現場の社員がいるわけです。私が「投資家に厳しい運営会社」と言ったのは、こうした構造を少しでも調整しようと考えているからです。現場で一番価値をつくり出す人の生活や環境がこれまでよりもっと良くならないか、と考え続けてきました。

 斎藤先生は『人新世の「資本論」』で格差問題についても指摘しています。企業として世の中の価値をつくっているとき、皆が幸せになる重要な価値とは何か私は考えています。

斎藤氏:確かに『人新世の「資本論」』は必ずしも気候変動だけで理解されるべきではないです。格差の問題と環境問題は資本主義がつくり出している二重の危機だ、というのがマルクスの認識でした。

星野氏星野リゾートは株主を主体としたステークホルダーキャピタリズムを2022年度の社内研修でも大々的に取り上げたのですが、ホテルへの投資から上がってくる利益を、旅館やホテルでの最前線で接客する人にもう少し配分されるにはどうしたらいいのかを考えていますし、価値をつくる人たちがもう少しウェルビーイングな社会の中にいられるようにしたいと思っています。

斎藤氏ウェルビーイングは脱成長にとって最重要概念の一つです。現場の労働者の幸福度や働き甲斐こそが、経済成長や利益ばかりを過剰に求めることで犠牲になってきたからです。星野代表が星野リゾートのトップに立ったのはバブルが崩壊した頃だとうかがっています。バブル時代に過剰に建てられたホテルやリゾート施設が観光業全体あるいは自社の運営にもマイナスになると考え、それまでと違う経営を目指すという発想が星野代表のスタート時点にあったのではないでしょうか。それは例えば「とにかく大きな新施設を次々とつくる」といった昭和的な価値観からの脱却であり、星野リゾートで言えば「マルチタスクによって効率化をしていく」「フラットな組織づくりをしていく」といった取り組みにつながっていると思います。次々にホテルを建ててどんどん成長する形でなくても、効率化しながらかかわる人々の幸福度を高めていく方法がある。それをどうはやりのSDGs(持続可能な開発目標)ではなく、脱成長という形に結実させていくかに、私は関心があります。

対談はリモートで実施(写真:栗原克己)
対談はリモートで実施(写真:栗原克己)

SDGsへの違和感

星野氏:弁解というか、ぜひお伝えしたいことがあります。

 SDGsについて、斎藤先生は『人新世の「資本論」』の冒頭1行目に「SDGs は『大衆のアヘン』である!」と記し、理由として、「温暖化対策をしていると思い込むことで、真に必要とされるもっと大胆なアクションを起こさなくなってしまう」ことを挙げています。

 SDGsが話題になってきたとき、星野リゾートの広報担当者は「これまで環境問題などにいろいろ取り組んできたから、それをSDGsという言い方にすれば、世の中への広報になります」と主張したのですが、私はどこかが腑(ふ)に落ちませんでした。確かにいろいろやっていましたが、それはずっと以前からであり、別にSDGsだからと始めたわけではないからです。社内では相当に議論し、結果的に星野リゾートのウェブサイト内にSDGsについてのページをつくることになったのですが、私の唯一の抵抗は「SDGsの前に、『勝手に』という言葉を付けてほしい」で、実際に「勝手にSDGs」と記載しています。「勝手に」としたのは、「はやっているから取り組んでいるのではない」と伝えたいためです。

 斎藤先生の「大衆のアヘン」という言葉は、私にとって、SDGsに感じた違和感と重なっています。振り返れば私が1991年にトップに就任して数年後、環境マネジメントに対する国際的な認証「ISO14001」がブームになったことがあります。多くの企業がお金を出してISOの認証を取得したのですが、私からすると結局、地球環境問題の解決に本質的に貢献したとはいえないまま終わった印象があります。ほかにも例えば「ボルネオで木を植えています」といったことに企業は「いいことだ」として取り組みましたが、いずれも継続的ではなく、地球環境問題の解決につながりません。

 こうしたことを知る私からすると、SDGsISO14001をバージョンアップしたパターンに見えるのです。このためSDGsに対しては腑に落ちない感覚があったのですが、斎藤先生の「大衆のアヘン」という言葉には納得感があり、考えに興味がわきました。

斎藤氏SDGsのような「きれいごと」を言っておけば、何となく「自分たちがクリーンだ」というイメージを与えられるという認識になってしまっているのです。しかし、このまま気候変動が進んでいけば、取り返しのつかないことになります。星野さんは年間何十日も出かけるほどスキーが好きとうかがっていますが、日本でどんどん雪が減っていけばスキーにも行けなくなるし、観光業にも影響が出てくるはずです。

星野氏:雪が少なくなっていることは毎年、自分の体で感じています。

斎藤氏:観光業への気候変動の影響で言えば、海水温の上昇によって沖縄でサンゴが死滅していったらダイビングをする人はいなくなりますし、魚がいなくなれば、食文化も破壊されます。ところが、現在の観光業はそのようなことを気にせず、海外からお客を呼ぶことに必死です。観光のための移動で排出される世界の二酸化炭素排出量は、世界の全排出量の5%を占めているといわれ、今後はさらに上昇し、2030年までにさらに25%ほど増える試算もあります。これは破局への道であり、すぐに手を打つべきですが、観光業の現在の取り組みとの乖離(かいり)は大きく、SDGsISO14001のような形で終わるのではないかという危機感を持っています。

星野氏SDGsが注目されるのは、それなりにメッセージ性があるからでしょうか。

斎藤氏:メッセージ性がある分、広がったのは確かだと思いますが、今度は広がったが故に内容が薄まっていることが問題になっています。私が「大衆のアヘン」という強い言葉をあえて使ったのは「これではまったく足りない」と警鐘を鳴らすためです。「大衆のアヘン」にしないためには、各産業が中長期的なビジョンを出して危機感を持って取り組むべきです。

星野氏:『人新世の「資本論」』がこれだけ売れているのは多くの人が共感しているからだと思いますが、経営者という立場からすると「ではどうすべきか」がなかなか見えません。最終像が見えれば進む覚悟はあるのですが。また、脱成長という状態はどうやって実現するのでしょうか。経営者として、脱成長でサステナブルとはどういう状態かがイメージしきれないのです。私にとって自分の会社と社員、その家族の生活は大切な存在であり、脱成長でサステナブルが理にかなっていると思いながらも、どう踏み出せばいいのか分からない。そういう段階にあります。

斎藤氏:例えば、観光業はコロナ禍前までずっとインバウンドを増やそうとしてきました。これは脱成長と相いれない。確かに海外に目を向ければもっとたくさんお客さんがいて、富裕層は日本人よりもたくさんお金を使ってくれるかもしれません。しかし、いきすぎた結果として京都などではオーバーツーリズムの問題が起き、住んでいる人の不便さが増しています。大阪・道頓堀は町中が観光客向けのチェーン店だらけになり、大阪の文化のかけらもない状態になりました。海外からの飛行機がどんどん飛びますから、二酸化炭素の排出量はその分増加しました。外国人観光客らの急増が招いた不安定さはコロナ禍で浮き彫りになり、インバウンドを目当てに乱立していたホテルの経営が行き詰まるといったことが起きています。

 星野代表はコロナ禍において、日本から海外旅行に行かなくなった分、今まで海外に使っていたお金を日本国内で回してもらえばいい、インバウンドが減った分もそれなりにカバーできるのではないかとお考えですよね。その流れでローカルなツーリズム、最近ではマイクロツーリズムやエコツーリズムといわれる方向にいくのは確かに1つの方法だと思います。移動距離を減らす分、二酸化炭素の排出量を減らすこともできますから。こうした取り組みによって地域ごとの食材や文化を知ってもらい、同時にそこで暮らしていく人の雇用を生み出しながら地域経済をゆっくりと回していくことができます。また例えば東京や大阪から沖縄に旅行に行くような場合、格安航空会社(LCC)で飛んで1泊2日で行って帰るモデルを繰り返していては飛行機による二酸化炭素の排出量が増えていく。LCCを禁止し、航空税を増やし、沖縄に行くのならばそれなりに長く滞在してもらうようにしないといけません。そういうところから「スローダウン」していく必要があると思います。

マイクロツーリズムが示すこと

星野氏:マイクロツーリズムはコロナ禍になってから私が発信し始めた言葉であり、星野リゾートとしてはまず「とにかく生き延びる」ために、一生懸命に取り組みました。ハワイに行く代わりに、2時間ほどのところにありながら、しばらく行っていなかった温泉地へ、実際にお客様が来てくれました。星野リゾートでは、地元の慣れ親しんだ食材も調理方法を工夫しそれまでにない形で提供するなどいろいろな取り組みを行ってきました。多くのお客様は喜んで帰ってくれています。ハワイが温泉地に変わっても旅の幸せ度、楽しさは変わらなかったのではないかと思います。これはお客様にとっても大きな発見だったはずです。その結果として、近隣からのお客様も、意外にリピートしてくれるのです。

 コロナ禍の前まで感覚としては、海外からどうしたら来てもらえるか、など遠方のお客様ばかりをターゲットにしていました。しかしマイクロツーリズムの場合、マーケティングはエリアごとに絞って行いますから、マーケティングコストを抑えられます。そのための手法も各地のタウン誌などに地元向けの割引料金の広告を掲載するなどのため、地元に広告費を落とす効果もあります。「どうやって地元を楽しんでもらえるか」にはここ2年間ほど取り組んでおり、手応えを感じています。アフターコロナになればまた海外からの集客もそこそこあると思いますが、地元のお客様を大切にし、ある程度の比率はそこで稼げる体質にしていくべきだと考えています。こうした取り組みは斎藤先生の掲げる脱成長と重なるのでしょうか。

斎藤氏:もちろん重なっています。世界中から集客する超高級リゾートもありますが、環境の負荷が大きく、海外ではリゾートホテル建設やプライベートビーチのために地域で暮らす人を排除しているケースもあります。自然環境は誰のものでもない「コモン」(共有財産)なのに、それが独占され、金持ちだけのものになっている。そうした開発ではなく、星野代表が言うように、2時間で行ける場所で自分たちが知らなかったことを発見したり新しい体験をしたりする。あくまでも旅行は家族や友人、恋人と楽しい時間を過ごすことがエッセンシャルであって、そのためにハワイに行くのはイメージ付けにすぎなかったことに人々が気付けば、観光業全体が廃れることはないでしょう。むしろ、ハワイに行っていた人が積極的に地域の2時間圏内で時間を過ごすのは脱成長の一つの形ですし、気候変動対策として観光業はインバウンド路線を放棄すべきです。

星野氏:斎藤先生は再生可能エネルギーについて、お考えをお持ちとおうかがいしています。

斎藤氏再生可能エネルギーに取り組み、脱炭素に転換しなければならないのは、もちろんのことです。けれども、「再生可能エネルギーを使ってリニア列車を走らせましょう」となったら、再生可能エネルギーをより多くつくらなければいけなくなり、そのために森林を削ったりしなければならなくなるかもしれない。そうなったら、本末転倒です。

 むしろ考えるべきなのは、本当にリニアで移動しなければならないのかということです。もし休暇をいつでも取得できる社会になったら、リニアで移動しなくても有給休暇をとって行けばいいことになります。休みを使って家族でいつでも旅行に行けるのならば、ゴールデンウイークにわざわざ高い料金を払って大混雑の中、旅行しなければならないようなライフスタイルは必要ないし、飛行機やリニアを使う必要もなく、ローカルの電車やせいぜい新幹線で旅行に出かければいいのです。そのほうが環境負荷も小さいし、ゆとりを持って旅行して地域とのつながりができればそれだけ幸せにもなります。

星野氏:斎藤先生にぜひ知ってほしいことが2つあります。1つはリニアについてです。

 東海道線に沿って新幹線が走り、やがてその新幹線が全国に広がり、私の実家がある長野県にも長野オリンピックのときに開通し、今ではそれが金沢までつながっています。新幹線によって確かにスピードが速くなったのですが、その分値段は高くなっています。費用を会社が負担するビジネスパーソンにとっては、ぱっと行ってぱっと仕事をしてぱっと帰ることができるようになりましたから、新幹線はある意味で最高の乗り物なのです。しかし、学生や個人旅行、子供連れの旅行の場合、「時間はあるが、お金はない」ことも珍しくなく、その層が国内を旅行しにくくなっているのは事実です。例えば、一昔前までならば東京から志賀高原のスキー場まで鈍行列車で行く選択肢がありなかなかいい旅行だったのですが、現在は横川駅から碓氷峠を経由して軽井沢方面に行くには新幹線しかなく、鉄道ではそれ以外のすべがなくなっています。

 これからリニアに移行した場合、最大の問題点は、スピードを速めようとするために、その分運賃の上昇が見込まれ、これは旅行者にとって大きな問題だと思います。そもそも海外から日本に来た人が「新幹線はスピードが遅い」などと言っていませんし、むしろ速さに感動しています。不満があるとすれば、「新幹線は運賃が高い」ことだと聞きます。「速いけれども高い」のに、なぜ「より速くより高くする」のか。ここが私はリニアの一番の問題だと思います。旅行者のニーズからすると、逆行する不思議な現象が起こっています。

斎藤氏:観光業界はインバウンドのためにリニアを歓迎しているかと思っていたので、興味深いです。

星野氏:斎藤先生に知ってほしいもう1つは、インバウンドについてです。確かにインバウンドが増えてコロナ禍前にはオーバーツーリズムの問題が京都、大阪、東京で起きました。しかし、2004年に政府の観光立国推進戦略会議で私は伝えたのですが、観光立国でそもそも目指していたのは、工場がどんどん海外に移転して経済の基盤が厳しくなった地方の人口、雇用、生活の維持だったのです。海外に移転することのない新しい産業基盤として、観光に期待が高まったのです。観光が地方の経済基盤になる施策として、マイクロツーリズムのように地元の人、そして大都市圏からの人、さらにここに一定数のインバウンドと、バランスよく来てもらえる観光地を地方につくるのがもともとは目標でした。このためインバウンドについても、地方にしっかり来てもらう方向で観光立国推進戦略は始まりました。

星野氏「観光立国とは、もともとは観光が地方の経済基盤になるための施策だった」(写真:栗原克己)
星野氏「観光立国とは、もともとは観光が地方の経済基盤になるための施策だった」(写真:栗原克己)

 それがいざ蓋を開けてみると、国全体でインバウンドの数を追うようになっていました。もともと観光立国はインバウンドだけを対象にしたわけではなかったはずですが、毎年、インバウンドを前年比何%プラスにするかを目標とするようになったのです。その結果、インバウンドは利便性の高い東京、京都、大阪といった大都市周辺に集まるようになりました。京都のオーバーツーリズムは、もともと京都にインバウンドを集める予定ではなかったのに集中したことが原因です。47都道府県のトップ5でインバウンドの65%ほどを集め、トップ10で見れば、85%ほども集めています。逆に言えば、残りの 30県以上はインバウンドの恩恵をほとんど受けなかったのです。

斎藤氏星野リゾートはそうした中で、各地に例えば若者向けの滞在施設をつくるなど、ユニークな取り組みが目立つと思います。

コロナ禍では、スローダウンを経験している

 リニアでの旅行について言えば、「立ち食いステーキ」的なところがあると思います。牛肉は環境負荷も高いからこそ、ステーキは特別なときに食べるハレの食であり、ゆっくりと味わうもの。ステーキの立ち食いは食文化を破壊します。リニアの場合もも電力を大量に使う。それなのに、もし速く到着してメーンの観光地を見てすぐに帰るならば、薄い体験しかできないでしょう。またリニアの駅から便利なところにしか行かなくなるので、お金が落ちる場所も特定のところになるはずです。気候変動の時代に、リニアはいらないのではないか、というのが私の考えです。

 対案として私が考えているのは、夜行列車の復活です。ヨーロッパでは、航空便を減らし安価な夜行列車をオプションとして増やす流れがあります。

 飛行機についても、すぐにはできないと思いますが、国際線の飛行機のチケット価格を4〜5倍にしないと気候変動を止められないのではないか、という危機感を私は持っています。人々を強制的にスローダウンさせる仕組みが必要になってきているのです。

 コロナ禍では人の移動が止まり、私たちはスローダウンを実際に経験しています。そういう中でマイクロツーリズムが出てきたように新しい楽しさを人間は十分に発見できるし、それを見いだし、オファーしていくのがビジネスの役割だ、と私は思います。政府にも、観光業界にも、もっと気候変動への危機感を持ってほしいと思います。

星野氏:国内の航空便について、斎藤先生はどうあるべきだと考えているのでしょうか。

斎藤氏:私は国内線には乗りません。先日も14時間かけて大阪から北海道ニセコ町まで陸路で行きましたが、その分感動も大きかったですよ。とはいえ、日本は北海道から沖縄まであり、国内便を全面的に禁止する必要はないと思います。ただ、例えば、東京の羽田空港と大阪の伊丹空港間に飛行機を飛ばす必要があるのかと言えば、これは正当性がかなり薄い。新幹線で既に2時間半で移動できるのをわざわざ1時間の移動にしなければならないのか。航空機は二酸化炭素を大量に排出しますから、これはいらない。また県ごとに空港を維持していく必要もないと思います。

星野氏:例えば、佐渡島の空港はきれいな滑走路を維持していますが、定期便が飛んでいません。このため「なぜつくったのか」となっています。

人口減少を受け入れ、どう経済をスローダウンするか

星野氏:スローダウンとか少しの不便さを許容しようとなった場合、どうしても東京周辺や関西圏周辺の観光地が有利になってきます。逆に大都市圏から遠いほど不利な状況になります。これをどう解決していくかが意味のある観光立国であり、私にとってのテーマです。それにはやはり人口の分散などに向けた施策が必要なのでしょうか。

斎藤氏「人口減少という問題をごまかすべきではない」(写真:宮田昌彦)
斎藤氏「人口減少という問題をごまかすべきではない」(写真:宮田昌彦)

斎藤氏:そうですね。一方で、日本はこれから人口減少が続きますから、成長を前提としたビジネスは難しくなっていきます。むしろ人口が減っていくことを受け入れた上で、どう経済をソフトランディングさせていくかを考えなくてはならないはずです。それを先送りして海外マーケットを求めたり、減っていく部分をほかの場所から人を集めたりするのは、環境を犠牲にして人口減少という問題をごまかすことだ、と私は考えています。

 

(後編)

星野氏:私は経済学や経営学を学び、実際の経営も行ってきました。その中では、成長することは当然目指すべき方向であり、それが言ってみれば信仰のようになっています。斎藤先生は脱成長を主張していますが、これは「信仰を変えろ」と言われているようなもので、ものすごく抵抗感があります。もっと言えば「思考停止になる」し、「あり得ない」と思ってしまいます。

 私のように企業を経営する立場からすると、「成長せずに企業を維持する」とはどういうことなのか、そこまで考えが至らないのです。成長に対する信仰は捨て切れないところがあると思います。斎藤先生の言う脱成長とはどのような世界なのでしょうか。私は社員の生活の向上や給与を高めていきたいと考えていますが、どうやって成長なくしてそれを実現するか。それが次の段階での私のテーマになっています。

斎藤氏:ホテルは建物をつくった段階で宿泊できる人数は決まります。もちろん、宿泊者1人当たりの消費を増やすことはできるかもしれませんが、いずれ成長の限界に当たらざるを得なくなります。ここからさらに新しいホテルを建設し続け、もっとお金を使ってくれる海外からの富裕層にかじを切る成長路線に向かうのか。閑散期にしっかり地元の人に来てもらいながらマイクロツーリズムを進めていくのか。どちらの路線を取るかで目標やその先が違ってくると思います。

星野氏:脱成長が実現できるかどうかについて、どんな感触を持っていますか。私はそのための方法があるならば一歩踏み出したいと考えています。しかし、そうした人はまだ少ない気がします。

斎藤氏:私自身もそうですが、多くの人は日々の競争という資本主義のリズムにのみ込まれがちです。それでもコロナ禍や気候変動という外的な要因は「これだけ地球がたいへんなのであれば、大胆な転換をしなくてはならない」と考える人が増える機会になる、と思っています。そこで、具体的に各業界でどんな動きをすると成長に依存しないで経営できるのかについて、経営者の人たちとも議論しながら、私はまだまだ学びたい。

星野氏:資本主義=競争社会である以上、どうしたら企業間競争に勝つかを学んできているのが経営者だと思います。逆に言えば、資本主義=競争社会というルールをどこかで変えてもらえるならば、経営者は脱成長に取り組みやすいと思います。

斎藤氏:国は2050年までに温暖化ガスの排出量を全体としてゼロにすると表明しており、今後はそれに合わせたルールづくりをしていく必要がある。そこに脱成長に向けたルール変更のチャンスがあるのではないでしょうか。大型リゾートの開発規制や飛行機の短距離線の廃止などがそうです。各業界も気候変動対策として、そうした要望を出すべきだと思います。

星野氏:競争環境が変わると、それによって有利になる会社、不利になる会社が出てきます。一致団結して地球環境問題に取り組むには、そのためのルールが国際的な枠組みや国の競争ルールで決まってくると、経営者は実行しやすくなると思います。逆に自社だけが先に、ボランティア的に目指す世界に進もうとすると、競争上は不利になることも考えられるため、経営者にとってはジレンマになります。

斎藤氏:「他の企業がやっていないとき、世界の動向の先を読んであらかじめシフトしていく」ことは、後でルールができたとき、先行している分、優位に働く面もあると思いますが、いかがでしょうか。

星野氏星野リゾートはこれまでの独自の環境問題への対応を「勝手にSDGs(持続可能な開発目標)」と言っていますが、これは自社の価値観に合う活動だけに取り組んでいますから、これによって世界が救われるとは思っていません。1社での取り組みですから本当に微々たるものです。1人の経営者としてできることは少ないのです。斎藤先生の『人新世の「資本論」』によって、それまで私の中でもやもやしていたところについて少し霧が晴れつつある状態にはなっているのですが、まだ「完全に走り出す」とはなっていません。

斎藤准教授が書いたベストセラー『人新世の「資本論」』(左)と『大洪水の前に:マルクスと惑星の物質代謝』(写真:宮田昌彦)
斎藤准教授が書いたベストセラー『人新世の「資本論」』(左)と『大洪水の前に:マルクスと惑星の物質代謝』(写真:宮田昌彦)

 やはり、脱成長という言葉に抵抗感を感じる人は多いと思います。これは脱成長といったとき、どこまでのことを含んでいるのかが曖昧になって分からないからかもしれません。私の中では、成長という言葉には売り上げなどの企業規模だけでなくて、社員の人間としての成長も含まれていますから、脱成長と言われると急にどうしていいか分からなくなります。

「スローダウン」という発想

 斎藤先生も個人の成長にもっと喜びを感じる社会にしようという方向性は同じだと思います。これは1つの提案なのですが、脱成長とは別の言葉を使ってはどうでしょうか。今回のディスカッションの中で、むしろ斎藤先生の「スローダウン」(前編参照)という言葉が印象的であり、すっと自分の中に入ってきます。「脱成長しよう」と言うと思考停止になりかねないのですが、「スローダウンできないだろうか」と表現を変えるだけで、発想がすごく広がる気がしています。

斎藤氏:私が脱成長というときは脱経済成長という意味で基本的に使っていますが、日本語の「成長」には良い意味ももちろんありますから、脱成長という表現に対して私が思っている以上によくないイメージを持つことがあるのかもしれません。

 私自身は社員の働きがいの向上や能力の開花などについては「発展」という言葉を使っています。この発展のためにはやはり社会全体で労働時間を短くすべきであり、私は週休3日制にすべきだと思っています。休みが増えるので、多くの人は「脱成長」に良い印象を持つのではないでしょうか。例えば、旅行業に関連付けていうならば、自由に休みが取れたりとか、混んでいる時期をさけて旅行に行けるようにするとかといったことが大切になってきます。

星野氏:そういう意味ではゴールデンウイークなどの連休を地域によって変える「休日分散化」といった施策が貢献すると思います。空いている日に来ていただくならば、ホテルや旅館はキャパシティーを増やさなくても対応できるため、その分持続可能な成長につながります。

斎藤氏星野リゾートはこれまで運営する施設数を増やしてきています。ホテルや旅館の施設数を増やすには開発が必要になり、環境負荷が増えます。環境問題にどう臨んできたのでしょうか。

星野氏:まず言っておきたいのは、日本のリゾート業界はいまだに供給過剰であり、そうしたときにさらに供給を増やすのは経営的にもあまりよくない、ということです。星野リゾートの場合、新たに手掛ける旅館やホテルが新築の場合も、もともと同じ場所にあった建物が老朽化しているなどのために新たに建物を建てるケースがほとんどです。例えば2021年に開業した温泉旅館「界 霧島」(鹿児島県霧島市)の建物は新築ですが、もともとこの場所は企業の大規模な保養所があり、その建物を壊した上で50室以下の小規模な旅館を建てています。同じ21年に開業の「界別府」(大分県別府市)の建物も新築ですが、ここには大型旅館が建っていましたが耐震基準の問題で使えなくなり経営が続けられなくなったのを、星野リゾートが引き取り、70室の旅館をつくりました。

斎藤氏:日本のリゾートが供給過剰という前提の認識が脱成長のスタート地点だと思います。過剰だということを認めない人がほとんどですよ。過剰だからこそ、これ以上新しい大きな施設を次々に建てるのでなく、もっと今ある施設を大切に使っていくべきだし、そこではエネルギー効率を高めるための新陳代謝も必要だと思います。

星野氏:環境問題について、建物の断熱効果やエネルギー効率にもこだわっており、22年に大阪市で開業予定の「 OMO7(おもせぶん)大阪 by 星野リゾート」では、建物の外側に遮光性のある幕をつくり太陽の日射量の70%を遮断することで冷房効率を劇的に上げる計画です。その分、お客様にとって室内からの眺めがある程度ブロックされますが、若いインバウンド(訪日外国人)の方はこうした環境配慮を理解してくれる人が増えていますから、そこは丁寧に説明していこうと考えています。また離島にある「星のや竹富島」(沖縄県竹富町)では、太陽光発電を使った淡水化の装置を設置しているほか、ペットボトルを完全になくしています。離島は島外から石油を運び、電気や水も海底のケーブルで来ているところもありますが、人口はそれほど多くないため、やり方次第ではエネルギーも島内で完全自給化できるのではないかと思っています。

 長野・軽井沢にある77室の「星のや軽井沢」の場合、使っているエネルギーの約7割を「生産」しています。近くの浅間山の地熱エネルギーを暖房などに利用しており、温めた水を回すヒートポンプのエネルギーは敷地内を流れる川に設けた3カ所の水力発電で賄っています。これは2005年から行っており、SDGs以前から取り組んでいます。

斎藤氏星野リゾートはもともと環境への意識が高いのでしょうか。

星野氏:私が長野県生まれだということがあるのだと思いますが、もっといえば祖父の代からそうした面はありました。軽井沢の旅館は祖父、父、私と引き継いでいますが、軽井沢の敷地にある森については祖父の「森はそのまま残さなければならない」という遺言があり、ずっと守っています。固定資産税が毎年かかるため経営者としてはたいへんなのですが。固定資産税分くらいの利益は出せないかと20年ほど前からこの森でのエコツーリズムを始め、最近になって時代の評価もありたくさん集客できるようになってきました。特に若い人が関心を持ってくれるようになったのが大きな変化だと思います。

斎藤氏星野リゾート再生可能エネルギーに対して積極的だし、マイクロツーリズムにも取り組んでおり、私の考える方向に近い面があると思います。あとは、それを資本主義的な終わりなき利益・成長追求から切り離し、業界構造をどう脱成長型に変えていくかが課題で、私も、その道筋を今後具体的にもう少し考えたいです。

星野氏星野リゾートは既存施設があった場所で改築や新築によって運営を始めるとき、施設の部屋数と収容人数を減らすため、かかった費用を返済するには付加価値を上げる必要があります。では、どうやって付加価値を上げるかといえば、やはり現地での滞在の魅力が増すように、料理をおいしくする、体験できることを増やすなどになります。言い換えれば、スタッフが付加価値をつくり出しています。だからこそ私はずっと「現地で価値をつくっている人の生活が良くなる形でもっと利益を分配できるようにしたい」と思ってきました。施設のオーナーといろいろな相談をし、利益が出たら「社員に還元してほしい」「休みを増やしてほしい」といった目標を設定して事業を進めてきました。

斎藤氏:例えば、星野リゾートで取り組むマイクロツーリズム、エコツーリズムは間違いなく脱成長に親和的です。

星野氏:「マイクロツーリズムは脱成長だ」と世の中において明確に捉えられるならば、経営者はもっと自信を持っていろいろなことに取り組んでいけるようになると思います。脱成長はサステイナブル(持続可能)でなければならず、難しいけれども刺激的な概念にどう取り組むかは、星野リゾートにとって大切なテーマだと思います。

斎藤氏星野リゾートが大阪の新今宮で建設を進めているホテルに私は注目しています。私の知り合いにもこのエリアで貧困支援などの活動している人がいますが、エリア全体が高齢化しており、カラオケや整体ばかりが増えている。それは目指すべき成熟社会のあるべき姿とはかけ離れており、今後、変わっていかなければならないのは確かです。開発がジェントリフィケーションだという意見も含めて賛否両論がありますが、地域の発展の良い形が出てきてほしいと強く願っています。

ワーケーションをどう捉えるか

星野氏新今宮の施設については、星野リゾートが進出を決めてからいろいろな議論がありました。私が取り組んでいるのは観光であり、この視点から考えています。

 新今宮にある小学校の先生は子どもたちがこのエリアの学校に通っていることにプライドが持てないと悩んでいました。星野リゾートに「なぜ大阪らしい場所として新今宮を選んだのか、社会科の授業で話してほしい」とう要望があり、3年連続でそうした機会をつくっています。子どもたちにとっては自分の住んでいる地域にプライドを持つことはすごく大切で、なぜ新今宮が大阪に観光に来る人たちにとって魅力的なのかを説明するだけで随分、子どもたちの気持ちが変わってきた印象があります。開業していないので、どうなるかはこれからですが、これは良かったことの1つだと思います。観光とはご当地自慢という面がありますから、その意味でも「自分の住んでいるところはこんなにいいところです」と思うことがすごく重要です。

 星野リゾートでは最近、リゾート地などに滞在しながら働くワーケーションについても積極的に取り組んでいます。ワーケーションについてはどうお考えでしょうか。

斎藤氏:ワーケーションは評価が難しいと思っています。働く時間が休暇に入ってくる面があり、長時間労働の危険性についてはネガティブな評価です。他方、東京集中型からの分散や、閑散期の観光業にとっては意味のある仕組みだと思います。

星野氏:なるほど。これまで家族で旅行に行く場合、働いているお父さん、お母さんの日程にかなり拘束されていたと思います。それが例えば木曜日が祭日の場合、金曜日だけをワーケーションにすれば、木曜日から日曜日までを子どもたちが滞在する自然豊かな場所ですごせるようになります。このため、私はワーケーションがサステナブルな社会につながるのではないかと思っています。

斎藤氏:都会育ちの子どもは自然になじむ感性が育ちにくいところがありますが、自然への感性がないと地球環境に取り組むのは難しいと思います。そういう意味では観光業には自然への感性を育てる役割があるし、同時に地域の文化を学んだりする重要な役割もあります。気候変動に翻弄されるのでなく、それを踏まえながらも新しいサステナブル社会をつくっていく教育の担い手の1つに、観光業がなってほしいと思います。

星野氏スウェーデンの若い環境活動家グレタ・トゥンベリさんらは地球環境問題に本気で取り組んでいます。一方で必ずしもそうではない動きもあり、このままでは気づいたときには大きな犠牲を払うことになるかもしれません。地球環境問題はこれからどうなっていくと考えますか。

斎藤氏:『人新世の「資本論」』でも論じたように、このままいけば破局的事態が待っています。スーパー台風や山火事といった自然災害だけでなく、食料危機や水不足などで、社会は経済的損失に苦しみます。また、その際に最も苦しむのは社会的弱者という問題もあります。一方、富裕層は快適な暮らしをお金の力で手に入れようとするでしょう。また、サンゴや流氷が希少になり、動物たちも数を減らしていけば、それに合わせた新しい富裕層向けツーリズムが生まれるかもしれません。今もコロナ禍で大変なときに、富裕層のあいだで流行っているのは宇宙旅行ですからね。けれども、地球は一つ。私たちがいつかは誰も住めないような環境になってしまえば、元も子もありません。

星野氏:世界において二酸化炭素の排出量が多い中国や米国では地球環境問題はどう受け止められているのでしょうか。

斎藤氏:米国でも若い世代は意識が変わっていて、いわゆるZ世代はどんどん声を上げるようになっています。これから10年、20年が経過し、グレタさんが50歳くらいになる30年後、つまり2050年に、社会の価値観が今とは全く違うものになる可能性が結構ある。つまり、その頃には脱成長的価値が受け入れられる可能性があるのではないかと楽観視しています。

星野氏:そこまで地球環境問題が持ちこたえられるのかどうか、でしょうか。

斎藤氏:そうですね。20~30年が経過すると、従来の高度経済成長や冷戦期の思考に染まった人の価値観が薄まり、グレタさんのような価値観がマジョリティーになるはずです。だからこそ、今できるだけ強い対策をして、次の新しい価値観を持つ世代にバトンを渡すことでソフトランディング(軟着陸)させたい。

星野氏:つまり、スローダウンですね。

斎藤氏:ええ、緊急ブレーキですね。スローダウンによってそれまでの時間を稼ぐ、とも言えるでしょう。地球環境問題がこのまま加速しては危ういため、解決策の駒が出そろうまで、私たちは一時的に我慢すべきなのです。これはコロナ禍でワクチンが開発されるまでロックダウン(都市封鎖)したり緊急事態宣言を出したりしたのと同じことです。地球環境問題に対してもいろいろな形でスローダウンをしながら、その間に解決策を必死に考えるべきです。

星野氏:今このときに「技術が何とかしてくれるから便利さを手放さない」ではうまくいかないから、生活を変えるべきだ、というのが斎藤先生の主張ですね。

斎藤氏「スローダウンしてそれまでの時間を稼ぐべきだ」(写真=宮田昌彦)
斎藤氏「スローダウンしてそれまでの時間を稼ぐべきだ」(写真=宮田昌彦)

斎藤氏:その通りです。観光で言えば、飛行機も、リゾートホテルも技術だけでは持続可能にならない。そうであれば、「ハワイがいい」「パリがいい」というバブル世代の価値観から、「近場の温泉のほうが楽しい」という価値観を広げ、消費の仕方を根本から変えていく必要があります。

星野氏:私がすべき仕事は「ハワイよりも国内の温泉のほうが楽しいですよ」と伝えることになりますね。そのためにサービスのコンテンツをつくるのは、スローダウンの貢献になるし、「海外よりも国内だ」という以上、国内をシャビ―(粗末)な状態でなくもっとおしゃれにしていくことも大切です。

斎藤氏:そしたら地方に雇用も生まれるし、消費のスタイルも変わっていくと思います。ビジネスクラス、高級ホテル、免税でハイブランドでなく、国内の温泉に入って地元の食を味わい、自然と触れ合うことこそが豊かさになっていくでしょう。

星野氏長門湯本温泉(山口県長門市)では、星野リゾートが温泉街全体を再生するマスタープランをつくり、地域の温泉街の若い経営者や市とも力を合わせて取り組んできた結果、町全体がおしゃれになり、ブリュワリーをやりたいとか、カフェをやりたいとかいろんな事業者が入ってくるようになっています。コロナ禍においてはマイクロツーリズムとして山口、広島、福岡などからお客様が来てくれています。目指すべきはこういうことなのかもしれないと思っています。

 世界的なスローダウンのためには、観光業は「日本の地方の魅力はハワイに行かなくてもすてきだ」というサービスや場をつくっていくことが大切であり、観光業はスローダウンに貢献できるのですね。観光業にとって非常に興味深く、同時に勇気が出る話だと思います。ぜひより多くの観光業で働く人と共有したいと思います。

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