伊藤時男さんの一審は敗訴となりました。上告して二審の意見陳述がなされました。
とにかく、一審の東京地裁の裁判官3人の精神医療へのあまりの無知と偏見と人権無視には驚きました。いわば司法試験バカの典型でした。
考えてみれば、弁護士や精神医療人権センターのスタッフなら、病院や患者と接触し、法律も現実の酷い実態を知ったうえで訴訟を起こしていますが、裁判官や警察官は全く現状を見ることも勉強する機会もなく、書類だけで、精神医療法体系もろくに知らないまま判決をだしています。
日本の突出したベッド数の多さ、行政・警察・医師が、裁判所の判断もなしに、とっつかまえて拘束する人権無視、家族に丸投げして責任を負わせる家父長型入院制度、世界で虐待や暴行件数が突出しており、病院の患者囲い込み儲け主義と行政の隔離閉じ込め政策がリンクした現行制度は、国連から人権問題多発させるものとして、1970年代から再三改善勧告をされてきた。政府のみならず、国民の差別意識が多くの患者を無念の病院死と自殺に追い込んできた。
私が残念に思うのは、精神医療問題に触れると、途端にヴュー数がガクっと落ちることだ。私の読者は、どちらかといえば、人権感覚のあるリベラル系の人が多いはずなのにこうした客観的な人権無神経を示す。
この裁判には、精神医療のみならず、日本人の欠陥を見直す示唆に富んでいる。
「優生保護法」の過ちは半世紀かかって、国家が謝罪したが、精神医療は小手先の法改正はあったものの、国民の人権意識の低さによって未だに患者は解放されていない。
* * *
令和6年(ネ)第5023号
国家賠償法1条1項に基づく国家賠償請求控訴事件
控訴人(一審原告) 伊藤 時男
被控訴人(一審被告)国
意見陳述書
東京高等裁判所第1民事部 御中
1 はじめに
令和7年2月3日
控訴人 伊 藤 時 男
東京地方裁判所の裁判官は、私が40年入院したのは病気や家族のせい
だから仕方がないと言いました。また、私自身が入院を選択していたから
長期入院も仕方がないとも言いました。精神障害のある人は、病院で暮ら
すのが当たり前だと言われているようで、とてもショックでした。
2 精神疾患に対する偏見
東京地方裁判所の裁判官は、私に妄想などの症状があったことを言うば
かりでしたが、私は入院後2週間か3週間くらいで妄想は消えていました。
入院中、精神疾患の調子が悪いときもありましたが、それは40年のう
ち、ほんの数えるほどでした。むしろ、入院している期間の大半は、調子
は悪くなく、長年、院内作業や院外作業をしていました。
それにもかかわらず、東京地方裁判所の裁判官は、調子がいいときのこ
とは全く触れず、調子の悪いときばかりを取上げました。
精神疾患があると、調子の悪いときのことばかりに注目されてしまい、
1
まるで、いつも問題行動を起こすような人、というような偏見の目で見ら
れてしまいます。
東京地方裁判所の裁判官は、同じように、そのような偏見の目で私を見
ているのだと感じ、とても残念に思います。
3 家族が消極的であれば退院できなくても仕方ないという先入観
また、東京地方裁判所の裁判官は、私の家族が退院に消極的だったこと
が理由で退院できなかったということに、何の疑問も持たなかったようで
す。
私は、尋問でもお話しましたが、病院からは「うちの人がいい」って言
えば退院させてやると言われ、家族からは「病院がいい」って言えば退院
させてやると言われていました。なんかかみ合わないな、どうしようもな
いなと思いました。それで、うちの人も病院も「退院していい」と言わな
いので、私は退院できませんでした。
私自身の退院のことなのに、家族の意見で決められてしまうのです。
裁判所は、このような理不尽なことを正しいと考えているのでしょうか。
このような理不尽なことがまかりとおってしまうことを、恐ろしく思い
ます。
4 自分の選択であるという不合理な判断
さらに、東京地方裁判所の裁判官は、長年入院していたのは私が選択し
たからだと考えたようです。尋問において、入院している方が楽だという
気持ちになっていたということですか?という質問に、「そういうのもあ
ります。」と私が答えたことが理由のようです。しかし、それは明らかな
誤解です。
精神病院での入院には自由がありません。起床、就寝、食事など、すべ
て病院で決められた時間どおりに生活しなければなりません。病院の許可
がなければ外出もできません。私は、父親が亡くなったことも知らされず、
2
葬式に参加することもできませんでした。
まさに「かごの中の鳥」でした。
誰が、好き好んで、このような精神病院での生活を選ぶでしょう。
私は、何十年も精神病院で入院しているうちに、退院したって、手に職
もないし仕事をすることもできなければ家もないので、社会に出ても役に
立たない、社会でやっていく自信がないという気持ちになっていました。
ですから、尋問のときに、入院当時、入院している方が楽だという気持ち
があったか?と聞かれ、そういうのもあったと答えました。
しかし、入院を自分で選んだという気持ちは少しもありませんでした。
もし、入院当時、社会に戻っても生きていくことができると教えてくれ
る人がいれば、家族や病院の言いなりにならなくてもよいと教えてくれる
人がいれば、あるいは、退院した後の生活を支えてくれる人がいれば、私
は、まっさきに退院することを選びました。
5 まとめ
精神疾患があると、閉じ込められても仕方がないのでしょうか。
精神疾患があると、家族のいうことをきかないといけないのでしょうか。
何十年も入院させられ退院できなかったことは、自信がなくなった私の
せいのでしょうか。
私と同じような人はたくさんいます。退院できないことを嘆いて自ら死
を選んだ入院患者さんも見てきました。それは決して精神疾患のせいでは
ありません。
この国の精神病院のしくみがどれだけおかしなものであるか、改めて考
えていただきたいです。
以上(出典:控訴審・伊藤原告冒頭意見陳述 | 精神医療国家賠償請求訴訟研究会)
令和6年(ネ)第5023号 国家賠償法1条1項に基づく国家賠償請求控訴事
件控訴人(一審原告) 伊藤 時男被控訴人(一審被告)国
意見陳述書
東京高等裁判所第1民事部イA係 御中
令和7年2月3日
控訴人訴訟代理人弁護士 長 谷 川 敬 祐
同弁護士 佐 藤 暁 子
同弁護士 小 島 啓
同弁護士 採 澤 友 香
同弁護士 姜 文 江
同弁護士 小 河 洋 介
同弁護士 深 谷 太 一
同弁護士 鐘 ヶ 江 聖 一
控訴審の第1回期日にあたり、控訴人訴訟代理人として、以下のとおり、意見を陳
述いたします。【1 はじめに】
第一審判決は、控訴人の長期入院は、控訴人側の症状、家族、意向に原因があるとしました。この判断は、精神障害のある人に対する偏見が根底にあるものであり、決して維持されてはなりません。
控訴人は、統合失調症の症状が(寛解状態ではなく)不変であるとして退院し(甲A
2参照)、退院後10年以上、再入院をすることもなく、今も一人で生活を続けてい
ます。そのような控訴人が、なぜ約40年も入院を継続しなければならなかったの
1
か。本件裁判は、その当たり前の疑問からスタートしなければなりません。統合失調
症は慢性疾患だから長期の入院生活を強いられることはやむを得ないのか、家族が退
院を拒否していれば長期にわたって退院ができないことはやむを得ないのか、長期の
入院生活によって退院意欲を奪われた人に対して、退院ができない理由をその人の責
任として押し付けて良いのか。
日本の精神医療政策は、これまでこれを肯定する方向で進められてきました。その
ため、精神障害者はこのようになっても仕方がないとの偏見を持つ人も出てきてしま
っています。第一審判決はまさにこのような偏見に基づいたものでした。しかし、本
来司法の場においては、そのような偏見に基づき判断することは許されてはなりませ
ん。アメリカなどの諸外国では、1960年代後半頃に精神障害のある人に憲法の光があ
てられてきました(甲B164等)。日本でも同様に憲法の光があてられなければなりま
せん。
以下、第一審判決の不当性を、もう少し詳述します。
【2 控訴人が強制入院を受けていたこと】
第一審判決は、控訴人の入院形態が不明であるとしました。控訴人の診療録に入院
形態が記載されていないからです。
しかしながら、診療録に入院形態が記載されていないからといって、入院形態が立
証できないわけではありません。精神衛生法以降の法の仕組みを前提にすれば、控訴
人が同意入院や医療保護入院といった強制入院を受けていたことは明らかです。
すなわち、精神衛生法時代には、任意入院制度は存在しませんから、医療及び保護
のための入院は、同意入院制度しか存在しません。控訴人には、精神衛生法の適用を
受けないいわゆる自由入院であったと推測されるような事情は皆無であり、退院を訴
えているのに退院が長期間実現しないのは、同意入院という強制入院であったからに
ほかなりません。
また、精神保健法に改正された後も、法改正によって任意入院に形態が変更された
と窺われるような事情は存在せず、むしろ、控訴人が退院を訴えているのに入院が継
続されているのは、控訴人が医療保護入院であったからにほかなりません。
そもそも、精神保健法以降は、すべからく精神保健法に規定する入院形態によって
入院すべきであると解されており(甲B176)、入院形態が不明な入院は存在してはな
らないとされています。それゆえ、第一審判決のように、長期入院の原因を控訴人の
症状を理由にし、かつ、任意入院とも認められないとするのであれば、強制入院と解
するほかないのです。
仮に、控訴人の入院形態が不明であったと解するのであれば、まさに法令解釈に違
反する運用を病院がしていたことになりますが、そのような病院が横行していたこと
2
は国も把握していたのですから、まさに厚生大臣等が報告徴収権限を発動させる場面
であったはずであり、厚生大臣等の責任が問われるべきです(控訴理由書41頁以
下)。
以上のとおり、控訴人の入院形態が不明であるとして、同意入院や医療保護入院及
び任意入院の違憲性の判断を回避することは許されませんし、仮に控訴人の入院形
態が不明であると解するのであれば、不明な入院形態によって生じた長期入院に対
する国の責任が問われるべきです。
【3 控訴人の長期入院の要因】
また、第一審判決は、控訴人の長期入院の原因は、控訴人の症状、控訴人の家族、
控訴人の意向の可能性があるとしました。
しかしこのような判断は、裁判所が精神障害のある人に対する偏見を肯定し、助長
するものであり、決して許されないものです。
約40年の入院のうち、わずかな期間の心身の不調をもって、なぜ長期入院が許容
されることになるのでしょうか。控訴人は、長い間、院内作業・院外作業をしていま
した。退院後に再発悪化するようなことはありません。なぜこういった元気な部分が
評価されずに、40年のうち数回見られた心身の不調部分だけが取り上げられるので
しょうか。それは精神障害のある人に対する偏見にほかなりません。本来、医療は通
院だけでは療養できないほど不調になったときだけ入院がなされれば済むはずです。
一時的な入院の必要性と長期入院の必要性は決して混同されてはなりません。それは
どんな病気であっても変わらないはずです。
仮に、その判断は医師の裁量であると考えるのであれば、司法は、A医師などの専
門家の意見に耳を傾けるべきです。多くの医師が本件裁判で意見を述べているのは、
控訴人の症状で長期入院となることは不当であると考えているからにほかなりませ
ん。
また、長期入院の原因を家族に求めることは、もってのほかです。本人の症状以外
で強制入院を認められるとしたらそれは人権侵害の何ものでもありません。現実問題
として、家族が退院に消極的であることが理由で退院ができないのとしたら、それを
地域福祉や地域医療によって解消するのが国の責任なのではないでしょうか。国がそ
のような責任を果たさないから、控訴人を含めた社会的入院者が多く存在しているの
です。そのことは、第一審において主張立証した、国会での議論経過等からも明らか
ですし、多くの医療従事者や福祉職の意見からも明らかなはずです。にもかかわら
ず、原判決はこれを無視しています。
3
さらに、控訴人が救済措置を求めなかったことをもって長期入院を強制されたわけ
ではないと判断することは、長期入院における心理のプロセスを無視したものです。
控訴人は、退院をずっと希望していたにもかからず、これを無視され、退院のために
周りが動いてくれないことをもってその意欲を喪失し、絶望に至りました。この控訴
人の心理経過は、心理学的な知見からすれば、学習性無力感、さらには複雑性PTS
Dと評価できます(甲A10)。このような心理状態が生じた人間に対して、退院への
救済措置を求めなかったことをもって、その強制性を否定すること、あるいは消極的
な同意があったなどと評価することは決して許されません。こういった社会的入院者
の救済の必要性は
国会でも認められてきたのに、裁判所がそれを否定してしまうことは断じてなりませ
ん。
以上のとおりですから、どのような観点からみても、第一審判決は破棄されなけれ
ばなりません。
【4 国の責任について】
そして、最後に国の責任について述べます。
精神衛生法を制定した際の政府委員の発言はこういうものでした(甲B2)。
「精神障害者が野放しになっておるという状況につきまして、できるだけこれを野
放しといわれる状態から管理された状態に置きたい。そのための方法といたしまし
ては、一つは精神障害者ができるだけさくさん収容されるように、病床の増設をは
かるという点が第一点。」
精神障害のある人を「収容」という観点から、病院での生活を強いることを当たり前
にしてしまったのは、日本の精神医療政策です。そして、入院中心の収容主義を許容
してきたのは、精神衛生法以降の入院制度にほかなりません。
それが変わらなければ、日本の精神障害のある人に対する憲法の光はあてられませ
ん。高等裁判所においては、第一審判決のような偏見をもつことなく、精神医療の問
題に向き合い、判断いただきたいと思います。
以上
4(出典:長谷川弁護団長冒頭意見陳述書Bengodan_opening_statementN (2).pdf)
【註】
・任意入院 患者本人に入院する意思がある場合、任意入院となります。
症状が改善し、医師が退院可能と判断した場合や、患者本人が希望して退院をした場合に退院となる。普通の病院と同じ。
・強制入院 保護入院と措置入院がある。
保護入院は、家族承諾のみで本人不同意でも入院させることがで
きる。退院は家族が承諾しないと入院以外生活できなくなり、長期
入院になりやすい。
両親が死去するとほとんど退院が難しいのは、先進国のような地
域医療制度の未整備で患者の生活が保障されないためである。
地域でのケアーとキュアーとライフの整備が必要である。
病院の儲け主義が阻害しており国家の隔離政策が推進してきた
結果である。
措置入院は、市町村長の承諾と医師2名の診断によって本人不同
意でも入院を強制できる。家族に見捨てられ、病院の儲け主義で
囲い 込まれ長期入院となる傾向がある。虐待、暴行の温床ともな
っている。
先進国や韓国では、拘束時間が決められており、また拘束の許可
は裁判所の判断を必要とする。