平凡さの心地よさー富士山

3.11、僕は久しぶりに故郷にいた。
期せづして東日本大震災の日であったが、個人史では、両親が死んで十年目の年なので、ひそかに寺を訪れてみようと思ったのだ。
着いた瞬間、雲が晴れて、見慣れた富士山がきれいに現れた。
昔の知り合いは、行方知れずか、死んで知り合いはもうほとんどいない。顔は思いおこせるがわざわざ会いたいと思うほど親しくもない。
寺も、実家の土地も人手に渡って、ひっそり静まり返っていた。
突き放してみれば、実情は一介の旅行者でしかない。
 こんなに、人も街も変わってしまったのに、富士山だけは昔のままだ。
富士山だけは、ここが故郷だと認めてくれている。
こんな月並みな感慨を、その平凡さを、自分で慰めにする自分がなにか愛おしかった。