(続)「なぜ日本の男は苦しいのか?」安富渉教授の日本人解放論−忘備録

安富教授の女性装が男を解放し、ひいては日本人を解放するという深遠な話の第二段です。
これは、いってみれば日本近代の共同性の歪みを厳しく断罪した告発の論考である。
なお、赤字部分は、筆者がまったく同じように感じ、共感する部分。
■前編➡http://d.hatena.ne.jp/haigujin/20160128/1453989463

身も心も自由にしてくれた「女性装」のはじまり
第二の飛び降りのきっかけ、それは2013年に初めて体験した「女性装」だった。

もともと太ももが太く、骨盤が大きく、ウエストの細い体型で、男物のズボンが合わずに困っていた。50歳になって減量に成功したことで、ますますウエストと下半身のサイズのギャップが悩みの種に。それを見たパートナーの女性が「なら女物を試してみたら?」と薦めたのが始まりだ。

試しに着たところ、女物の服は男物の服よりもずっとバリエーションが多く、安く、着心地がよかった。女性のモデルのような体型の安冨にもぴったり合った。安冨は、瞬く間に女物の衣類の虜になった。

しかしそれは決して利便性の側面からだけではない。安冨がはじめて女性の装いをした瞬間に感じたのは、途方も無い”安心感”だったという。

「女性の恰好をする男性の中には、性的刺激を求めてそれを行う人もいるけど、私の場合は“安心”だった。それは、両親から植え付けられていた、男性が背負うべきプレッシャーからの解放、つまり『女の子だから、戦争にいかなくっていいんだもん!』という解放感だった」

”自分でないもの”になろうとするストレスからの解放
最初は女物のパンツとTシャツを男物の代用として着ていたが、徐々にスカート等も履きはじめる。安冨は、自分にとって「女性装」こそが、身も心も自由にしてくれるキーであることを自覚した。

「今まで私は男性らしく振る舞ったり、男らしい恰好をする事で、私自身を”自分でないもの”にしていた。親によって植え付けられた『男は元気ハツラツとした兵士になって、国のために死ね』という洗脳を、知らずに履行していた。それが、自殺衝動や苦しみの原因」

安冨はこれまで「バブルや戦争、環境破壊など、誰にとっても善くないことを、なぜ人間は一生懸命やってしまうのか」という問題を研究してきた。そこから、今の日本の社会が抱える問題の根源は”自分でないもの”になろうとすることによるストレスと抑圧だと主張する。

「”自分でないもの”に無理矢理なろうとしても、なれないのでストレスが溜まる。ストレスが溜まると他人に八つ当たりする。また、自分らしく生きている人が許せなくなって、非難したり、自分と同じ苦しみを味わうように強要する。個人レベルでは差別や犯罪、子どもを厳しくしつけたり、虐待したり。

それに抵抗できなかったエリートの子どもなんかは、官僚になって親に復讐する代わりに別のもの、自然環境とか、自国の国土とか、弱者の生活とかを破壊する。恨みの転換だよね。社会全体に、自分でないもののフリが強要されると、社会は病んでゆくんだよ」

14年の夏に完全に女性装に切り替え、講演などもその恰好で行うようになった。


男装をしていたころは安冨自身も講演で「誰かを悪者にして攻撃する、問題をあげつらって批判する」スタイルを取っていた。しかし男装をやめてからというもの、ぴたりとそれをする気力がなくなってしまった。

代わりに「一見問題だと思えるものが、実は資源であり解決のヒントである」と、聞き手のモノの見え方に変化を起こすような話し方をするようになったのである。

「以前の私は、東大教授という権威的なホモマゾ・ピラミッドの頂点にいることを利用して、権威や権力を悪用する者を攻撃しているつもりだった。しかしよく考えると、それもまた、単にストレスの発散だったのかもしれない」

アウト×デラックス』出演、「女性装」の認知
女性の装いを始めた安冨だが、セクシュアリティ性的指向)が変わったわけではない。恋愛の対象は女性である。

「私は、日本の男の作るホモマゾ関係が本当に好きじゃない。子どもの頃から、女子との付き合いのほうが大事だった。今でもそれは変わらない」

だからこそ安冨は「女装」ではなく、「女性装」という言葉を使う。

「女装という言葉は、性的自認が男性である人間が、敢えて女物の衣類を着る事。私は自分にとって居心地の良いファッションを探したら、それが女物であったというだけ」

2014年10月、フジテレビ系の人気番組『アウト×デラックス』に出演したことも解放の一歩だった。

「テレビスタッフは、私が『オネエ』や『女装家』ではなく、トランスジェンダーとして自然に『女性装』しているのだ、ということをよく理解し、他のテレビ番組のようなイロモノ(=異常者)として扱うのではなく、一人の人間として扱ってくれた」



いよいよテレビ放映当日。番組が始まった直後、Twitter上の視聴者のコメントは冷やかしやイロモノ扱いが多かった。しかし安冨がスタジオの女性タレントから「下着は何をつけているんですか?」と聞かれて「それはセクハラですよ」と切り返したあたりから、風向きが一気に変わった。好意的なツイートが増えたのだ。最後には「感動した」「涙が出た」という反応までもが出た。

「オネエ」「女装」というイロモノであれば、笑い者にしたり、失礼な対応をしても良いというこれまでのメディアによって刷り込まれた思い込みを、安冨は撥ね除けた。

その勇気が「どんな性的指向の人間であろうと尊重されるべき一人の人間である」という価値観の転換を視聴者の中に引き起こした。だからこそ彼は好意的に受け止められたのだ。

ありのままの自分で生きられる「無縁」の世界

トランスジェンダーであることを公表したら、てっきりバッシングされると思っていた。しかし現実はまったく逆だった。「男性」らしさ「東大教授」らしさを装っていた時よりも、自分の表現がずっと楽になった。また「女性装」が親しみやすい印象を与えるのか、メディアが話を聞いてくれるようになった。

なぜ生きるのが楽になったのだろう。安冨は、これを「無縁の原理」で説明する。

「たとえばマツコデラックスさんは、人間の社会のピラミッドから外れたところにいて、最初から差別される位置に居る存在だからバッシングされない、と自分の本の中で語っているのね。私はそれを『無縁』という概念で理解しています」

網野善彦という歴史学者が指摘したように、日本には古来から「縁/無縁」という社会システムがあった。一般社会(=縁の世界)から離れ、周辺に逃げた人間=無縁者は、縁の世界にいる人間が出来ない仕事を担うことで、社会で重宝され、生き延びてゆく。日本社会は、そういう無縁の世界にいる人間を差別しながらも上手に取り込んで来た。

「現代だってそれは変わらない。たとえば、菅沼光弘という元公安の方が外国人記者クラブで話していたことなんだけど、トヨタ超高層ビル中部国際空港の建設を何のトラブルもなく進められたのは、バックに弘道会というヤクザ組織の協力があったからだそう。

ガチガチにつくった表のシステムで処理できないことを、ウラでやらせるわけ。だから、日本の社会は、本当は『無縁モノ』にとっては生きやすい社会なんだよね」

逃げ道はずっとある。ただ気づいていないだけ
「女性装」にシフトする前は、社会のメインストリームに居たと感じる。東大教授という、エリートの肩書きから、講演やコメントを求められる日々。しかしそれはウラを返せば、システム内部の立場からしか発言できないし、許されないということだ。それは安冨にとって、とても息苦しいことだった。

「みんな、がんばって偉くなったら、自分の話を聞いてもらえる、と思ってるでしょ?でもね、そういう『立場』を得た瞬間に、話なんてゼンゼン聞かれなくなる。本当は偉いヒトの話なんか、誰も聞いてないんだよ。皆、聞いたフリしてるだけ。偉い人だから、とりあえず聞いておけっていうね。立場主義社会っていうのはね、どこまでも、人と人とが話すことができない社会なんだよ

良い息子という立場。エリートという立場。夫という立場。男という立場。常に“この立場の人間はこう振舞う”という規範から逃れられなかった安冨。だが、性別という縛りを捨て、ありのままの自分で生きようとすることで、生きるのが楽になった。

それはおそらく網野の言う「無縁の原理」の作動と関係があるはずだ。そこにあったのは、他人と対等に会話し、協調できる世界だった。これまでの、競争相手を蹴落とし、歯を食いしばって自分の立場を守るというエリート的な生き方とは全く異なる「生きる技法」を安冨は体得したのだ。

「ありのままの自分で生きる」――文字にするのは簡単だが、実行するのは決して簡単なことではない。事実、安冨でさえも女物の服を着始めてから、完全な女性装で人前に出るまでには1年ほどの歳月がかかった。

しかし、それができた時、安冨はずっと感じたことのなかった「自分と他人を認める感覚」を徐々に掴みはじめた。数えきれない苦しみを乗り越えて、彼は両親から教わらなかった「自分を愛する技法」を自力で体得したのだ。

「狭いレールの上を走らされていて、みんな、そこから抜けたら両側は断崖絶壁だと思っている。でも、本当はね、人と立場を越えてつながりあっていれば、どこだって生きられるんだよね。逃げ道はどこにでもあるんだよ。ただ、人々がそれに気づかないようにしているだけ。システムからはみ出す自分を認めること。それが息苦しさから抜け出す第一歩だよ」
(出典:『現代ビジネス』「愛の履歴書」Rep.小野美由紀2016,1,26)

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/47518