外国からしか社会は変わらないのか⁈ーフランスの虐め対策と韓国のプラスチック弾

社会はわずかに進んだ。
やっとかとため息混じりに喜んだ。
ただ日本からではない、いつものことだ。
諸外国の真似しかできない、諸外国の圧力でしかできないのが日本だ。
 フランスの改革。
フランスでも子供のいじめが多く、自殺少女まで出ているのは日本と同じ。
政府は、いじめた生徒を転校させる政策に踏み切った。
わたしは半世紀前に、いじめ問題が社会を騒がせた当初から主張してきたことだ。
いじめる側に問題があって、鬱屈や不全感を吐き出しているのだから、問題の解決には、いじめる生徒を転校させるのが本当の解決につながるのだ。
それを、日本の論調では、いじめられる生徒にも問題があると根拠もなデマを教師・ジャーナリズムが吹聴した。
日本のやり方では、いじめられた生徒は、転校によって、自分のアイデンティティーを消失させられ、自己肯定感を失わせてしまうのだ。
自分は何も悪くないのに、罪人のように友人、環境を変えられてしまうのだ。
万一次の学校でうまく馴染んだとしても、どこかに挫折感や敗北感として傷が生涯のこるようだ。
転校して、多くが不登校から引きこもりへと、煉獄の道から抜け出せなく事例は多い。実数は知らないが多分そうしたケースの方が多いのではないか。
そして、私が精神医療人権センターの関りで知る限り、最悪の場合、統合失調症などの精神疾患を発症している。
集団の中でしか人間の自我、私は私であるという自己意識は育たない。それを被害にあった方を根こぎにするのであるから、残酷な話である。
さて、フランスはそうは言っても、日本のように乱暴に加害生徒を転校させるわけではない。
地域の評議会を作って、丁寧に加害生徒の調査特定をして透明性を持たせた決済を行うというようだ。
ただ、私が主張してきたメンタルケアーまではセットされていないようだ。加害生徒の将来のためにも、懲罰的処置ではないものにするためにも、メンタルケアーは必須だと思うのだが。
日本の左派リベラルモドキも、イデオロギィーばかり振りかざしていないで、もっと真剣に取り組んでもらいたい。
さてもう一つは、韓国。
韓国大統領は、韓国警察官の拳銃をプラスチック弾に切り替えると発表。
これも私が30年前から主張してきたことだ。
私の場合は、ゴム弾しか知らなかったのでゴム弾だと。
韓国も通り魔事件が頻発し、犯人逮捕に手間取るのは警察の怠慢だという批判が強く出ていたためのようだ。
日本も同じく拳銃は厳しい規制があり、警察官の自殺に使用される方が多いくらいだ。
18歳の警官に実弾の拳銃は危ないだろう。ましてそれを奪われたりした場合は犯行に使われかねない。
日本の危険はそちらの方で韓国のように、拳銃の使用を緩和して犯人逮捕をスピーディーにしようとするものではないが、犯罪者と言えども万一の場合殺傷せず負傷するくらいのダメージでいいのではないか。
なお、プラスチック弾は、鉛弾の1/10の威力で、脚を狙った時貫通せず6㎝めり込む程度らしい。
ただ、それが切り替えられると、警察の規則が緩くなる恐れもなきにしもあらずだ。デモなんかにすぐ発砲するようでは困る。
それは許さないという日本の伝統は守るよう監視しよう。