韓国民衆のデモは日本の60年代後半の学生運動の影響による

日本の国民は、本当に井の中の蛙
韓国の今の反朴政府デモに驚いて、日本の民主主義もそうあって欲しいと、国民の右傾化を嘆いている自称リベラル派は、日本の学生運動には声高に「暴力はいけない」と行儀のいいお掃除をして帰るデモ隊を讃えている人たちだ。

韓国の今のデモの高揚は、日本の学生運動が多分に影響を与えていることをしらない。
70年から80年代にかけて、日本の新左翼全共闘運動の情報がまとまってはいっていった。
80年代に、革マル派の理論的バックの黒田寛一の私家版を持っていて反共法にふれて逮捕された青年がいた、それはニュース報道で流れたことがある。

アングラで、全共闘の情報が学生たちに共有されていたことは間違いない。

韓国では、李承晩政権を倒した暴力的抵抗の学生運動は、「革命」といわれている。

以降のデモはデモだ。

つまり反政府運動は、敵の出方次第で暴力革命にも、非暴力にもなる。
それは、一概に暴力がいけない、非暴力が絶対正義だなどという根拠はない。

それを日本の自称リベラル派は、最初から「非暴力」が絶対正義だという。
大衆のエトスに依拠する限り、反政府運動は自在にあることを承知しておくべきだろう。
民主主義の強度を上げるには、国民の「暴力」「非暴力」を適宜選択する訓練が必要なのである。

蛇足だが、「暴力」はMachtではない、Gewaltの意であることはいうまでもない。