人気物の思想家が、庶民が気づかないうちに天皇制に対して転向している場合がかなり多い。
いまのリベラル派と言われる「識者」「政治家」のほとんどはそのたぐいだと思っていてよい。
批判をすると自分にかえってくるので、触らぬ神にたたりなしで、スルーしているのだろう。
Facebookで、たまたま慶応講師で画家で批評家の内海信彦氏が辛辣な批判を加えていて、共感した。私が「奔4号」で、日本思想史の泰斗子安宣邦先生の宮内庁・平成天皇の解釈改憲批判寄稿文に、補助線として解説文を書いたのだが、内田樹の統治二元論を明治維新以降の日本近代と太平洋戦争の責任を無化するものとして批判した。
ほとんど全共闘運動などしなかったくせに、いかにも体験者として熟知している口吻はお子様ランチかと思っていたが、私だけではなかったようだ。
しかし今のリベラルなど、ネトウヨがビジネスなら、日本的リベラルもビジネス、これでは日本は救われまい。
以下、内海信彦氏のコメント。2019年3月30日佐野学は「皇室を民族的統一の中心と感ずる社会的感情が勤労者大衆の胸底にある」「我々は大衆が本能的に示す民族意識に忠実であるを要する」と言っています。『月刊日本』「私が天皇主義者になったわけ」2017年5月号のインタヴュー(https://blogos.com/article/221025/) が基になり、内田が追認した転向声明について、批判を書いている方はほとんどいません。以下は、内田樹のブログからです。『僕自身は欧米における共和制の登場には歴史的必然性があると思っています。でも、日本には天皇制がある以上、日本の場合は、それを所与の条件として勘定に入れなければならない。となると、どうすれば共和政と天皇制という二つの異なる統治原理が併存できるのかを考える、二つの異なる統治原理が併存していることから引き出せるメリットを最大化するためにはどうすればいいのかを考える。その方が時間の使い方としては合理的だと思います。僕は異なる統治原理が併存しているシステムは、焦点が二つある楕円のようなもので、単一原理で統合された同心円的な統治形態よりも自由度が高く、共同体が生き延びる上では有効ではないかと思っています。』
以下私からの応答コメント。確かにこの転向宣言の批判はほとんどないのではないか。世俗政権が腐りきっているから、どうしても対抗的に賢明な権力を見つけたくなる。確かに平成天皇皇后両陛下の人格は、国民に共感を呼び、戦争をした天皇の子として必死にどうあるべきであるのかを考え抜いてきた姿には胸を打たれるものがあった。これらはまあ庶民レベルの感情で、思想家としての課題と格闘はそこを離陸して近代日本総体の中の制度的「天皇」存在そのものでなければいけない。小生は、子安先生の論稿の紹介と補助線を引いたものを「奔4号」(だったと思う)に、先生の寄稿文に添えさせていただいた。内海先生の内田批判を読んでいて、自分のはるか昔の眠っていた記憶がよみがえった。小生が大学を卒業する時期に、その婆さんから呼び出しがあった。よく聞くと、次男は政治が好きらしいと聞く、ついては一族に適任が居なくて、県知事も今は他人に譲ってしまったから、何とか自民党で政治家になってくれないか、というものだった。それがよかった、それが戦後日本を成長させたと肯定的に論じるのは、あまりに短絡過ぎる。そこには現在の惨憺たる陰陰滅滅とした日本の風景にたいする根本的批判などあり得ぬだろう。