俳愚人 blog

無名著述家、無名俳人、著書数冊

スウェーデンの移民マフィアと「共生社会」の危うさー「菅孝行の差異・差別論」から。

昨夜(25.11.10)TVで、ゴンザレスがスウェーデンの移民マフィアの取材をした番組が興味深かった。
スウェーデンは御存じのように、北欧の高福祉国家で羨望の的である。
そのスウェーデンが、移民によって半ば崩壊してしまったというのである。
ゴンザレスは、マフィアと直に接触して実情の取材を試みた。
人脈を頼りに、足抜けしたため懸賞金を掛けられ命を狙われている元幹部や、同じく懸賞金を掛けられた少年などの生の声を拾っているのであった。
 どこかヤラセの雰囲気もなくはない。
しかしマフィアの現状は事実なのだろう。
移民マフィアは6万人、警察と軍の人員より多い。
郊外にスウェーデン人が立ちいれない、エリアができ、少年が見張りに立っている。
少年は大人に金をもらうために、殺人を行う。15歳以下は罰せられないため、大人が殺し屋として使うのだ。
従ってスウェーデン政府は、少年の刑罰年齢を13歳に法改正しようとしている。
少年が集団で取り囲まれたらヤバイから、十分注意しろとガイドは忠告する。
女性はインタヴューに答えて、夜間8時以降は一人で歩けないと。
また、カフェやバーで、飲み物のグラスには必ずフタやカバーを付けないと、見知らぬ者にドラッグを入れられて、意識朦朧となったところを襲われるとのことだ。
これは既にアメリカでは当たり前のことと知っていたが、スウェーデンでもかとびっくりしたが、ヨーロッパは全域が麻薬常用者天国らしい。フィンランドも当然そうなっている。
そして、問題は、マフィアに何故スウェーデン人と融和して共生できないのか、この分断の原因はどう考えているか質問すると、
よく解らない、俺たちはいつも貧しく、頑張っても頑張っても生活が苦しい、言えることはそれだけだと言った。
スウェーデン人側も明確には答えられない。
労働力不足で、どんどんそれなりに優遇して無制限に入れてきた。しかし、移民は国内に別の国家を造ろうとしている。
そして、マフィアばかりかスウェーデン人も、日本も将来移民マフィアが社会を分断し、国内国家(治外法権のコミュニティー)を作るだろと語った。
結局日本の共生の掛け声も、資本家の要請として外国人労働者を入れるためのカモフラージュではないか?流行りのイデオロギーに過ぎない、なぜなら、グローバリズム以後のファッションとして同化のイデオロギーではないか。
それをあたかも国民が希望している当然のことのように思わされ、識者、マスコミ、リベラル派もそれを前提に「共生社会」と言うのだが、そう簡単に「共生」などできはしないぞ、と改めて思った。
なぜ長々紹介するかというと、『出版人・広告人』(今井照容発行)11月号に菅孝行の「差異・差別をめぐる考察」が寄稿されていて、かなりシビアな差別論批判になっており、同意しきれていないが、自分の差別論の再考を迫るものであったからだ。
菅の論拠は、フランスのダニエル・アレンの提示した、マイノリティの権利問題である。
フランスのブルカをめぐる裁定が、フランスの民主政治=正教分離原則を規定した「ライシテ」が、逆説的に既に差別になり下がった、という現代民主政治の崩壊であるという。
つまり、差異を差異として認めず、結局一方の側に同化するものだろうと。マイノリティをマジョリティーが同化するものとなっていると断じている。
この時世界的にブルカ着用派と禁止派にリベラルが割れた。
菅はアレンのロジックに導かれていくのだが、私は「ライシテ」を容認したものとして、菅に素直に同意できない。
それは何故か?
「差異の相互承認」の持つ根源的な幻想性をどう考えておくか、という考察が必要だからだ。
それは基本的な共同体論との関係として解かれなければならず、権利関係だけで解ける問題なら、アメリカの様な分断は起きないはずだ。
平安な共同体は、同化があってこそマイノリティの持続的権利が保証されるからだ。
「差異の相互承認」は、差異の承認と同時に共同体との「帰属」と「同化」を含意しているだろう、と思う。
社会学的にいう同一の共同体の条件として「集合的記憶」の共有が不可欠であるということを、思い起こさねばならない。
少しここは時間をかけて追ってみたい。
Facebookより転載)