大道寺ちはる編集『最終獄中通信 大道寺将司』を拝受


『最終獄中通信大道寺将司』(河出書房新社)
編集発行人大道寺ちはる様、  
  特急の編集で大変だったことと思います。欠落原稿の補填
  につきなんとかお役に立てましたでしょうか。
  太田昌国さまの長い接見人と、支援誌『キタコブシ』発行
  の完結を労いたいと思います。
  大道寺君が、最終号で、臨終間際に記してくれた一文を
  見るにつけ、私の句集を眼に焼きつけて逝ってくれたこと
  は望外の喜びでした。そしてそこを読むたびに落涙するのです。
  この一書は、今後も大道寺君の魂の在りどころを知る貴重な資料
  として歴史に刻まれることでしょう。
  長い長い支援者の方々のご苦労を追体験させていただきます。
  

獄中日記2017,1,24
『俳句のアジール』(望月至高著)を読む。ずっと枕元に置いていたのだけど、
いまの部屋に移って初めて手にしました。

月氏の俳句ばかりと思いきや、『棺一基』など拙句についての評論ありで驚きました。
彼の句には多くの佳吟あり。俳句に関心のある人たちには読んで欲しいと思います。
なお、印刷は藤田印刷所です。

そして次の三句を熱に浮かされながら意識もうろうと書き記しました。

   ICUで三句
  去年今年ICUの内ににかな
  残る虫ICUの内にかな
  点滴の音を重ぬる小寒

2017,3,17絶句
  再びは会ふこともなき夕間暮れ
  春の宵黄泉(よみじ)の人も浮かれおり

わたしはいわゆる俳人言語ゲームを外れようと意識してきた。俳句が散文のように俳句作者以外の読者をもてれば勝ちだという考え方だ。
芭蕉が、一茶が、蕪村がそのようになった。
大道寺の句の実存的でかつ表現のみずみずしさは、俳句作家以外の人たちに内面を伝えている。
確かにそれは「流行俳句」から見放されるだろう。
しかし文学であれば、そういう行き方もあるのではないか。

遺品あり黄泉路を奔る草の春   至高

偲ぶ会は六月だと伝えてきている。