稲田明美の軍事展開は普遍妥当性があるのか?

稲田明美防衛大臣の誕生です。
安倍総理が格別目をかけ次期総理にしたいと願っているとのことですが、はたしてその人格が国民の幸せを条件づける政治家として、そもそも資格があるのか疑問視されている。


稲田語録「戦争は魂の進化の最高の宗教活動」
「国民の一人ひとり、みなさん方一人ひとりが、自分の国は自分で守る。そして自分の国を守るためには、血を流す覚悟をしなければならないのです!」(講演会での発言)
靖国神社というのは不戦の誓いをするところではなくて、『祖国に何かあれば後に続きます』と誓うところでないといけないんです」(「WiLL」2006年9月号/ワック)
「祖国のために命を捧げても、尊敬も感謝もされない国にモラルもないし、安全保障もあるわけがない。そんな国をこれから誰が命を懸けて守るんですか」(「致知」2012年7月号/致知出版社
 また、稲田氏は06年9月4日付の産経新聞で、『国家の品格』(新潮新書)で知られる藤原正彦氏の「真のエリートが1万人いれば日本は救われる」という主張に同意を示しながら、こんなことを訴えている。
〈真のエリートの条件は2つあって、ひとつは芸術や文学など幅広い教養を身に付けて大局観で物事を判断することができる。もうひとつは、いざというときに祖国のために命をささげる覚悟があることと言っている。そういう真のエリートを育てる教育をしなければならない〉
 靖国に行って人殺しの戦争に参加することを誓うべきと語り、さらに国のために命を捧げるのが「真のエリート」だと言い切る──。こんな考えの持ち主が防衛相として自衛隊を統督すれば、隊員に徒死させることも厭わないだろう。
(「防衛相に抜擢された稲田防衛相の軍国主義丸出し発言」より抜粋)

http://lite-ra.com/2016/08/post-2466.html

異常稲田発言をみると、リベラルが避けてきた国家の闇を赤裸々に語っているという点で、傾聴に値する。
しかし、何かが欠落していないか?
明らかに国家の安全保障を軍事に矮小化して語る語り口である。
外交に平和領域があるということも、国際関係の多元的価値を認める考えも希薄だ。あるのは国家全体であり、個々の国民や庶民の安寧な日々の暮らしを守ることこそが政治家の絶対任務だという思想も欠落している。
アメリカと日本の関係の中だけで、自分の出世を味付けすれば、稲田人格の完成であり、戦後のアメリカ拝跪の薄っぺらいエリートにしか見えない。

それも完全なアメリカの合理主義ならばまだましなのだが、稲田の頭の中は神道政治連盟の旧日本ファシストに満たされているから、国防の指揮官として、おそらく自衛隊員はいくらでも消耗しても「国家のため」で許されるとおもっているところだ。

極右稲田明美の本領が問われている。
本気で軍事展開にはいるのか?

その合理性は後の国民や歴史に耐ええる普遍性をもったものとなるのか?

先の大戦は世界からも戦後の国民にも普遍性のもてるものではなかった。
未だに日本は敗戦国として近隣諸国に責められる。

これを払しょくするには、今度は勝つ戦争をしようとするのか?

アメリカに負け属国だから、宗主国に手土産としてアメリカの下請け戦争に国民の血を流そうとするのか?

注視が必要だ。

稲田明美の所属(出典ウィキペディア)

日本会議国会議員懇談会[77]
神道政治連盟国会議員懇談会[77](事務局長)
みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会[77]
創生「日本」[77](事務局長代理)
伝統と創造の会(会長)
公共放送のあり方について考える議員の会(事務局長)
天皇陛下御即位二十年奉祝国会議員連盟(事務局次長)
TPP交渉における国益を守り抜く会
地球規模問題に取組む国際議員連盟
国家基本問題研究所
北朝鮮に拉致された日本人を早期に救出するために行動する議員連盟
83会
日本の水源林を守る議員勉強会
国籍問題を検証する議員連盟
正しい日本を創る会

国家社会主義日本労働者党(ナチス党)と親しいことでユダヤ系人権団体「サイモン・ヴィーゼンタール・センター」より強い不満の抗議を受ける。