■ゴルバチョフの日本人(普天間基地問題)へのエール−佐藤優の「新・帝国主義の時代」より

昨年12月、元ソ連最後の書記長ゴルバチョフが来日した。
その8日に佐藤優は10時間ほど、元首相海部俊樹、鈴木宗夫らとともに会談した。


以下中央公論2月号「新・帝国主義の時代」でそのときの模様を報告しているが、冷戦時代にアメリカ帝国主義と渡り合った一方のソ連帝国主義のリーダーゴルバチョフが、経験からアメリカとの交渉術と普天間問題への助言がなかなか的を射ていておもしろい。


まずゴルバチョフは過去二回沖縄を訪問していて、それなりの沖縄情勢は理解している。


8日NPOライフポートプロジェクト主催フォーラムで、ジャーナリストの歳川隆雄が、普天間基地問題で日米が厳しくなっているが、アメリカの首脳との交渉術を尋ねたことに対して次のように述べた。

以下佐藤の報告。

ゴルバチョフは、ニヤッと笑った後、四五秒くらい考えてからこう答えた。
「まず、戦略兵器削減交渉を行ったときの話をしましょう。私はソ連のインテリジェンス(諜報)機関に、アメリカ軍がどこに展開されているか、全部調べさせました。世界地図に米軍基地の場所を記して、ブッシュ(父)大統領に見せました。そしてこう言いました。


『あんたたちはこれだけの基地をあちこちに展開していますけれど、これはアメリカが全世界を力で統制とようとしているからですよね。こういう状態では、アメリカが国際社会と協調とて新しい秩序をつくりたいと言っても世界の人々は信用しませんよ』


 ブッシュ大統領はその地図をみて、『あなたの情報は正確だ』と言って、そこから議論が始まりました。こういうふうにアメリカ人に対しては率直に話しをするといいと思います。


(中略)沖縄の基地についてですが、私も沖縄に行ったことがあります。
沖縄の人々の気持ちが臨界点に達していることを考えなくてはなりません。その上で、アメリカは日本をもっと信頼すべきです。日本をもつと信頼して、日米協力の新しいシナリオについて考えたらいいと思います」

と述べたとのこと。


さすがに、鉄の官僚国家をペレストロイカに導いたリアリズムに基づいた柔軟な政治家である。


佐藤は11日にゴルバチョフに招かれ更に突っ込んだ普天間基地問題の助言を得た。
ゴルバチョフは、「まず(普天間問題は)あなたたちの問題だ」と言った。その意味を佐藤が尋ねた。

アメリカ側ではなく、第一義的に日本側の問題ということだ。民主主義的な手続きで政権交替が起きたというのは非常に重要なことた。当然これまでの日米関係には、修正が加えられる。
(中略)
日本の新しい民意を反映した修正が行われるのは当然のことだ。


 アメリカでも、民主党オバマ大統領が誕生した。ブッシュ前大統領の中東政策や中・東欧でのミサイル防衛(MD)計画も修正されている。このときに重要なのはパニックを起こさないことだ。日本人はパニックを起こしている。沖縄の民意を踏まえ、修正が必要になることをアメリカ側に率直に伝えることが必要と思う。


パニックを起こして、方針が振れると、アメリカが不信を持つようになる。
そして、日本のパニックがアメリカに伝染して、アメリカが日本に対して強圧的な態度をとるようになる。そして、負の循環に入ってしまう。これから抜け出す努力を日米双方がしなくてはならない。


何をすればよいかは、よく考えればわかるはずだ。解決できない問題は存在しない。」


岡目八目とでも言おうか、実に現在惹き起こされている日本人の態度の浮薄を衝いている。
さらにゴルバチョフは、臓腑をえぐるように忠告する。

「君は日本の外務省にいたからよくわかると思うが、外務省とはどの国でももっとも保守的だ。外交官は、自分たちがつくりあげた枠組みをいささかでも変更することに、生理的嫌悪を覚える。もちろん、積極的に妨害して、政治家から睨まれるようなリスクを冒すことはしない。


しかし徹底的にサボタージュする。政治家がパニックを起こしているような状態で、慎重な官僚たちがリスクを負って、仕事をすることはない。様子見を決め込む。

(中略)

外交官の保守的な態度を変えることはでない。大きな交渉の枠組みを政治主導で作ることだ。このとき重要なのは、沖縄の民意も、アメリカの要求も、どちらも完全に満足させることはできないということを、日本の政治指導部はキチンと国民に対して説明することだ。そして暫定的な解決をすることだ。」

(中略)

「妥協は不可欠だ。アメリカとの最終的解決が得られないことが明らかな問題については、現時点ではとりあえず妥協して、時間を置いて、もう一度、問題に取り組むことだ。パニックから、感情的な応酬が始まると、関係は急速に悪化していく。


妥協をして、双方が頭を冷やし、冷静に交渉できるような環境を整える必要がある。それには時間が必要になる。」

冷戦時代、内外の交渉で修羅場をくぐってきた人物のタフな交渉術が十二分に伝わってくる。


佐藤は締めくくる。
ゴルバチョフエリツィン露大統領(故人)によって権力の座を追われた。それにもかかわらず、ゴルバチョフエリツィン大統領の足を引っ張ることはせず、ロシアの改革を支援した。それだけに、ゴルバチョフの発言は筆者の胸を打った。」


もちろんこのゴルバチョフのこれらの見解は佐藤のものでもあるわけで、佐藤が最後に締めくくっているゴルバチョフという政治家の誠実さへの感銘は、同時にわたしの胸を打つものでもあった。


それにしても、外務省がパニクッても、CIAや日本をただのポチだと思ってきた連中の恫喝にもどこ吹く風で、辺野古移転中止を発表し、再検討をアメリカに理解させた鳩山内閣は、もうそれで十分立派である。


いよいよアメリカ国務次官補が小沢に訪米要請しているとの話であるが、旧ブッシュ閣僚連中の日本恫喝がこの政権には通じず、逆効果であることにきずき始めていることを物語っている。


最後にゴルバチョフは日本人に忠告している。

この政権(鳩山政権)の意味を、日本人自身が過小評価していると思う。これまで続いていた自民党による長年の支配が、国民の意思によって変化したというのは、とても偉大なことだ。


政争で政治家の眼は曇る。(中略)官僚機構は新政権に対しては、消極的に抵抗する。それに対して、有識者や専門家は、政争を離れて、日本の体制を強化するという観点から、鳩山総理に専門的な助言をしていくことが必要だ。


それが日本には不足しているように思える。
繰り返すが、民主的な手続きで政権交替が起きたというのは偉大なことだ。日本人に自己革新能力があるあるということだ。
国民自らが選び出した指導者が活躍できる環境を整えることを、真剣に考えたほうがいいと思う。」


として、佐藤と日本人へエールを送ってくれている。


わたしは佐藤優の著作を読んだことがなかったが、このレポートでいくらかその高い能力と良質な感受性の資質を垣間見た気がする。
山崎行太郎氏が並々ならぬ評価をしていたがなるほどとガテンがいった。山崎氏が言うように、右も左も無い時代なのだ。言説がどれほど深いかそれだけが問われている。


ゴルバチョフのこれらの見識を引き出した佐藤優はたいしたものである。