石川知裕議員は議員辞職の必要まったくなし!

自民、公明、社民、たちあがれ日本の野党4党は28日、民主党小沢一郎元代表資金管理団体陸山会」を巡る政治資金規正法違反事件で有罪判決を受けた石川知裕衆院議員(無所属)の議員辞職勧告決議案を衆院に共同提出した。
(yomiuri オンライン,2011,9,28)

このニュースをみて、眠気をこらえて石川議員辞職勧告のバカげた政局を一言批判しておく。
特に、社民が提出に加わっているという愚劣さに怒りをおぼえるのである。党首は弁護士の福島瑞穂ではないか!
この裁判が、いかに司法の謀略で固められ、しかも判決が全編状況証拠で固められたおよそ民主国家の裁判とはいえない内容であることは、私のような大学時代に少し法律を専攻した程度の素人にも解る不可解な裁判であった。

それを弁護士である福島瑞穂は、このでっち上げ事件に当初から無批判どころか特捜検察を鵜呑みにした対応に終始してきたのである。このひどい判決文を読めば、どう読んでも弁護士の正義感と良心が騒ぐはずではないか。

しかも、石川議員は控訴するわけで、罪刑が確定したわけではない。慣例的に一審で有罪の場合辞職した事例があるからなどとつまらない理由をもちだすのであれば、罪刑の確定していない議員は何を根拠にそういう慣例を作ってきたのか?それ自体が封建的な残滓として問題にされるべきではないのか?近代罪刑法定主義福島瑞穂は否定するのか?
わたしにはまったく納得できない。

共産党スターリニズムとして、原理的に突き詰めると権力と同期してしまうという性は知る人ぞ知るだから、相変わらずバカだな、で済むが、社民党は民主主義と憲法を守ることを党是としているのではなかったのか。

この問題は小沢一郎派を支持するかどうかではない。日本の戦後必死に学び追及してきた民主主義が、敵対する相手にも厳密に人権が守られ、罪刑法定主義による法の下の平等を全うできるかどうかという成熟度の問題なのだ。

社民党までもが、福島瑞穂までもが、この体たらくでは、戦後の民主主義など空念仏にすぎなかったことであり、それを空洞化したのは保守だけではなく、福島瑞穂や仙石議員ゴロなどの「進歩派」弁護士だったことがはっきりしたということだ。

こういう似非「進歩派」が跋扈するかぎり、小沢派だけが野党の役割を担わさざるをえなくなるのである。社民党はの愚策は、政治理念でもない「政治と金」などで、肝腎の民主主義を捨て去ることで野党の役割さえも担えず、否定している小沢派が結局唯一の野党として期待と支持をあつめてしまっているという逆説を理解できていないことだ。

小沢一郎の発言は、いまや福島よりもリアリティのあるリベラルなものになっていることだ。

石川議員は、民主的進化を遂げてこなかった司法と闘い、断固として民主主義を実現してほしいと思うのである。