読売の一角にいた者として、感慨深いものはある。
大方、直接接触したこともない我が周辺では、「まだ死なないのか」ときて、
「やっと死んだか」というくらいだから、その老害ぶりは被統治者たちには待ち望んでいたものだったと言っていいだろう。
しかし、私は人物評価は、主義主張だけではなく、おもに人生の時代との応答の仕方や趣味趣向で評価する。
時代の応答として、笹川は小学校出の投機屋だけあって、岸やその他の戦犯と比べれば極めて面白い。官僚や軍人と違うのだ。
経営においては、金を出しても口はださないといった評価もありるが、下々の社員にはよくわからない。
死んで、どのような人のどのような評価が出ているのかはまだ全く調べていないから興味をもっている。
ただ、読売の経営の厳しさは、関連子会社に飛ばされて、経営者となっても、普通の会社のように安閑と定年を迎えられない。
子会社といえども、黒字化が果たせなければ経営責任を取って退任だけでなく、損害賠償を裁判に掛けられて身ぐるみはがれるのである。
戦後の大衆と同じであったに過ぎないのだ。