俳愚人 blog

無名著述家、無名俳人、著書数冊

ナベツネ死す❣

ナベツネ渡辺恒雄)が死んだ。
毀誉褒貶の激しい人だった。
読売の一角にいた者として、感慨深いものはある。
大方、直接接触したこともない我が周辺では、「まだ死なないのか」ときて、
 「やっと死んだか」というくらいだから、その老害ぶりは被統治者たちには待ち望んでいたものだったと言っていいだろう。
しかし、私は人物評価は、主義主張だけではなく、おもに人生の時代との応答の仕方や趣味趣向で評価する。
そのため、過去に右翼笹川良一をめぐって、イデオロギー裁断するステロタイプの左翼モドキの慶大画家と決別した。
時代の応答として、笹川は小学校出の投機屋だけあって、岸やその他の戦犯と比べれば極めて面白い。官僚や軍人と違うのだ。
詳細は省くが、ナベツネも、現実保守として転向して、近代主義者として、なんのことはない、戦後民主主義者の土俵の上で反共主義者としての差異を明確にしてきただけである。
経営においては、金を出しても口はださないといった評価もありるが、下々の社員にはよくわからない。
死んで、どのような人のどのような評価が出ているのかはまだ全く調べていないから興味をもっている。
ただ、読売の経営の厳しさは、関連子会社に飛ばされて、経営者となっても、普通の会社のように安閑と定年を迎えられない。
子会社といえども、黒字化が果たせなければ経営責任を取って退任だけでなく、損害賠償を裁判に掛けられて身ぐるみはがれるのである。
ナベツネ共産党細胞から現実保守に転向したのは、「自己否定」の理念など考えようもなかた時代のエリートとして、いまとなってはほとんど意味を持たない。
戦後の大衆と同じであったに過ぎないのだ。