深草徹元弁護士の「ウクライナ侵略開始1年を前にして」は最も適確な見解である!

知人の深草徹元弁護士の論稿です。

毎回、彼のウクライナ論は私の見解と主張に同期して、共感を寄せています。

私よりより広く深く追求していることで、へたな解説より直接紹介した方が間違いがないだろうと思いましたので、以下そのままブログの転載を掲出します。

 

冒頭で、ミアシャイマーやトッドより、リーベンの方がよほど説得力があると、世界的リベラリストを退けている。

私は戦争勃発初期の情報の少ない中で、ミアシャイマーの「NATO東方拡大原因論」もトッドの西欧の終焉に伴うロシアの時代だとか「日本は核兵器を持て」というアドバイスも批判しました。

専門家や元外交官らは、この二人が世界的権威を受け売りし、ロシア擁護論を醸成したことの批判をせず、多くが同調したのである。

私は、論考を発表後、同様にこの二人の口移しでさもリベラルを装った日本的平和論者に辟易している。また慧眼の深草元弁護士に深く啓示されている。

 

ウクライナ侵略開始1年を前にして・・・これは帝国主義的侵略だ

ウクライナ侵略開始1年を前にして・・・これは帝国主義的侵略だ

以下は、毎日新聞デジタル版(2023年2月22日)からの抄録です。
著作権上の問題がありますので一部抜粋にとどめます。是非全文を読んで頂きたいと思います。)

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ケンブリッジ大名誉フェロー、ドミニク・リーベン氏の分析

帝国の崩壊後、紛争避けられず
 歴史を振り返ると、帝国の崩壊後に一定の時間が過ぎてから、隣り合わせにいた国や勢力が争う事例は後を絶たない。最もうまく「帝国の崩壊」に対応してきた英国の場合でさえ、アイルランドパレスチナという過去の植民地で紛争が起こった。最悪の事例は、共に核を保有するインドとパキスタンの対立だ。
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 このような帝国の歴史の中でも、ソ連は(ロシアやウクライナを含む)15に上る共和国の境界があらかじめ決められていた点では珍しい事例だった。1991年にソ連という連邦国家が崩壊すると、共和国の境界がそのまま国境となった。だがこの際に、ロシア国外に2500万人に及ぶロシア系住民が取り残された。
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 ソ連を崩壊させた際、当時のロシア共和国の指導部は、たとえ意図していなかったとしても、ソ連の指導部に挑んだという点において、大きな役割を果たした。ところが、2000年に初当選したプーチン大統領は、ソ連崩壊について「ロシアにとっての悲劇」という側面を切り取るようになった。ソ連の体制内で裏切りが起きていただけではなく、西側諸国の敵意が崩壊をもたらしたとも唱えてきた。
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 ロシアが政治の安定を取り戻し、経済を回復させたことから、プーチン氏は、ウクライナとの国境を変えられると自信を深めていたのだ。
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 この点では第一次世界大戦後のドイツとの共通点が少なくない。多くの国民が、左派や労働組合の裏切りによって敗戦を強いられたと信じ、恨みを募らせた。その後に国力を回復させると、既存の体制に挑んでいった。
 二つの事例からいえることは、ドイツやソ連のような「陸の帝国」が崩壊した際には、より大きな危険が生じるということだ。その地域で最も潜在力がある国が一時的に敗者となったとしても、やがて国力を回復し、定められた国境を変えようとする傾向が強い。これこそが、現在のロシアの試みだといえるだろう。
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Dominic Lieven
 英ケンブリッジ大名誉フェロー。1952年生まれ。73年、同大を首席で卒業。英ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス教授などを歴任。著書に「帝国の興亡」(日本経済新聞出版)など。
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 私は、パワーポリティクスをふりかざし、NATOの東方拡大によるロシア挑発がウクライナ戦争の原因だというエマニュエル・トッドやジョン・ミアシャイマーのご高説より、上のドミニク・リーベンの分析の方がずっと説得力があると思います。

 リーベンの分析は、もう20数年も前にロシア・ウクライナ現代政治史の研究者中井和夫氏が岩波講座『世界歴史27 ポスト冷戦から21世紀へ』(2000年)所収の論文「民族問題の過去と現在――旧ソ連地域の経験から――」で、以下のように述べたところと問題意識を共通にするものと考えてよいでしょう。

――ロシア・ナショナリズムが強まり、帝国の復活が主張されると、すぐに問題にならざるを得ないのが、ロシア以外の地に「差別」を受けながら暮らしているロシア人の問題である。不当に苦しめられている在外同胞を救出せよという声がロシア・ナショナリストからあがるのは当然とも言えよう。そしてこの在外同胞救援は「イレデンティズム(本来ロシアの領土であるべき外国の領地を回収しようとする運動)」にすぐに転化する可能性が高いので、ロシア人の多く住んでいる近隣諸国との国境紛争となる可能性が十分にある。すでにロシアはロシア人の多く住むウクライナ領のクリミア、ドンバス、カザフスタン北部に対する領土要求を明言したことがある。また1994年には、バルト地域の駐留ロシア軍の撤退を、その地方のロシア人保護を名目に延期したこともある。そして1994年以来、「近い外国」論を展開して、旧ソ連圏をロシアの勢力下に置くことを国際的に認めさせる努力をしている。このようにロシアが帝国意識を復活させ、周辺共和国を「支配」しようとすることが、この地域に大規模な民族紛争を引き起こすことに世界は注目しなくてはならない。――

 要するにロシアのウクライナ侵略を規定しているものはロシアのイレデンティズムであるということになります。私は、これは普通に定義すれば、帝国主義だということになり、今次のウクライナ侵略は帝国主義的侵略だと言ってよいと思います。

 ところで、マルレーヌ・ラリュエルは『ファシズムとロシア』(浜由樹子訳・東京堂出版)の中で、こんなことを述べています(273頁)。

――帝国主義はおそらく、今日のロシアに関する最も論争的な問題の一つである。しかもここでも、その用語法は曖昧だ。ロシアは帝国主義国なのか、それともポスト・コロニアル国家なのか?帝国主義とは、外国に対する支配を広げる明確な政策を意味する。ポスト・コロニアルはより捉えにくい。というのも、脱植民地化は依然として、植民地化した者とされた者の関係に、より静的なかたちで影響を及ぼしているからである。両アクターは厄介な井遺産に向き合わなくてはならない。ロシアの場合、ポスト・コロニアル的状況とソ連崩壊の長引くトラウマの一部として、地政学的緊張やイレデンティズム〔もともとは19世紀半ば以降のイタリアの「失地回復」運動を指すが、ここではより一般的な意味で、政治・文化的(再)統一を目指す動きのこと〕を論じる方が適切だろう。帝国から国民国家への移行は長い過程である。植民地主義と過去の折り合いをつけるには数十年かかり、その間、旧植民地との関係は微妙なままである。――

 これは、原書発行が2021年、訳本発行が2022年2月25日ですから、今次のウクライナ侵略戦争の始まる前に書かれた文章です。

 もともとこの論旨は、帝国に帰属させられていた被植民地がその拘束された地位を脱し、独立した後における当該国家の「人民の自決権」を軽視するもので帝国の側に寄り添うものと言わざるを得ず、正当性を欠くと私は思います。ましてや単に政治・文化的(再)統一を目指す動きではなく、武力で他国の「人民の自決権」を侵害する侵略(武力行使禁止原則は国連憲章第2条4項、人民自決権尊重は国連憲章第1条2項、1960年国連総会決議「植民地独立付与宣言」、1966年国際人権規約共通第1条第1項、1970年の国連総会決議「国際連合憲章に従った諸国間の友好関係及び協力についての国際法の原則に関する宣言」により国際法の重要な原則となっている)がなされた後の現時点ではもはや到底通用しないものであり、今日も維持するならば間違くなくロシア弁護論の変種に過ぎないと言わざるを得ません。(了)